妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

無常遷滅鈔

第三巻 定本番号 3 建治2(1276) 分類: その他

祖寿: 55 

   34   無常遷滅鈔
今此娑婆世界は悪業盛なる処也。生老病死の輪廻、たのしむべき事一もなし。縦千秋を送るとも歳月程なく過やすし。況や老少不定也。いつをいつとか憑むべき。親疎同く走行けども、我身の無情をかへりみず。老少倶に前立てども不定の堺に不驚。東岱前後の夕煙、昨日もたなびき今日もたつ。北朝暮の草の露、をくれさきだつためしなり。人天有為の楽は電光朝露のごとし。須臾に三途に帰なば、長時の苦如何せん。縦ひ王位に登とも、死せば悪趣に帰るべし。まして貧窮孤独の身をはぢず、いとはぬ人ぞ心うき。抑芭蕉の形はもろくして尚あやうし。草露に似たる命はあれどもなきが如く也。輪廻生死の間には、いたらぬ処ぞ無りける。梵天利の楽みも受け、刀山剣樹の苦みも受き。
此度生死をいでずして三途の旧里にかへりなば、無辺塵数の劫を経とも何の時か浮ぶべき。流浪三界の内、但是癡愛によりて也。生老病死争か此等の苦を出ん。櫻梅桃季の花、尚春をまつ事つきもせず。貴賤男女の堺こそ夢まぼろしの如くなれ。桃季ものいはねども昔の春には似ざりけり。煙霞あとなくなりぬれば、栖けん人こそゆかしけれ。無常は須臾の間なり。旦暮いつとか弁へん。我も人も願は頭燃を払が如くせよ。思へば此世は程もなし。栄花は皆是春の夢。名利の心を留めつゝ、いそいで浄土を願ふべし。三界六道皆しかしながら我等がふるき栖なり。僅に出でて程もなく返らん事こそかなしけれ。凡そ生より死に至まで、時として尚やすからず。四慢互に諍ひ、三毒相続してたえず。