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戒法門

第三巻 定本番号 3 寛元1(1243) 分類: その他

祖寿: 22 著作地: 遊学中 

    1   戒法門
夫人者天地之精、五行之端也。故に悟あて直きを人と云。心に因果の道理を弁へて人間には生れける由を知べし。一代聖教のおきてには、戒を持て人間には生るとおきてたり。戒と申は、一切の経論に説るゝ数は五戒・八戒・十戒・十重禁戒・四十八軽戒・二百五十戒・五百戒乃至八万四千戒。如此戒品多しといへども、始の五戒を戒の本と申し候ぞ。五戒と申は、一には慈悲を起して物の命を殺さざる戒を不殺生戒と名く。道理なき殺生を制する也。一を殺して万を生べきをば許すべし。二には盗みせざる戒を不偸盗戒と名く。道理なき盗の事也。三には他人の妻を犯さざる戒を不邪婬戒と名く。四には妄語せざる戒を不妄語戒と名く。由なき事に妄語せざれと也。五には酒を飲ざる戒。僻事を制する也。薬酒をば飲べし。
先世に三宝の御前にして此戒を受し時、天には日月・衆星・二十八宿・七星・九曜・五星。地には五の地神・七鬼神・十二神・三十六禽。又梵天・帝釈・四大天王・五道冥官等。此五戒を受る人を護らんと誓給き。又五戒に依て生ずべき処を定む。不妄語戒は大地をつくる。不殺生戒は草木となる。不邪婬戒は大海江河となる。不盗戒は風となる。不飲酒戒は火となりて草木の中にあり。又五戒は五山となる。南には火の山、北には雪の山、東には木の山、西には金の山、中には土の山也。空の雲も五戒也。青き雲は不殺生戒となる。白き雲は不盗戒となる。黒き雲は不邪婬戒也。黄なる雲は不妄語戒也。赤き雲は不飲酒戒也。雨空より降に又五の味あり。すき味の雨降ては、青き花一切すき菓をいだす。からき味の雨は白き花一切のからき菓をいだす。しわはゆき(鹹)味の雨降ては、黒き花一切のしわはゆき菓をいだす。あまき味の雨降ては、黄なる花一切あまき(甘)菓をいだす。苦き味の雨降ては、赤き花一切のにがき味の菓をいだす。又春七十二日は東、不殺生戒。夏七十二日は南、不飲酒戒。秋七十二日は西、不盗戒。冬七十二日は北、不邪婬戒なり。四季の末土用七十二日は中央、不妄語戒也。
又天地父母となりまします。父母交懐のとき、父の淫は白く母の淫は赤し。赤白の二もろともに五戒より生ず。父母の精血下て、父の淫は骨となり、母の淫は肉となる。二の足、二の手、一の頭是も五戒より出たり。又子の腹の中に肝の臓と云物あり。七葉にして色青し。母のすき物を願し時出来たる物也。其中に魂と云神あり。眼に出て物を見る。東方の空に歳星と申星あり。不殺生戒の人を護らんと誓し故に子の神となる。又母のからき物を願し時、子の腹に肺の臓と云物出来て、其色白く其形八葉にして蓮華也。其内に魄と云たましひ有て鼻に出て物をかぐ。西の空に大白星と云星あり。不盗戒の人を護らんと誓し故也。又母のにがき物を願しかば、子の腹に心の臓と云物出来て、其色赤く、其形鶏の卵をさかさまに立たるが如し。其内に神と云たましひ有て、舌に出て物を味ふ。南の空に惑星と云星あり。不飲酒戒の人を護んと誓し故也。又母のしわはゆき物を願ふに依て、子の腹に腎の臓と云物出来て、其色黒く其形半月也。其内に志と云たましひ有て、耳に出て物を聞く。北の空に辰星と云星あり。不邪婬戒の人を護らんと誓し故也。又母の甘き物を願し時、子の腹に脾の臓と云物出来て、其色黄にして其形一葉四角也。内に意と云たましひあり。四身に遍してあつき(熱)ぬるき(温)をしる。先世に不妄語戒を持し時、中央に鎮星と云星あり。此不妄語戒の人を護らんと誓し故也。
殊には不妄語戒を委く申すべし。妙楽大師提謂経を引て云く、不妄語戒は四時の如し。土は中央に主たり。中央は脾に主たり。脾の臓は身と土となり四季に主たり。不妄語戒も四季にず。身には五根にずと。五戒を破る中に不妄語戒を破るは罪深き戒にて候。其故は世間の人妄語し候へば、冬は夏になり、春は秋になり候。故に冬温にして草木出生して花さき菓ならず。夏はさむくて物そだたず。春秋も此を以て知べし。当時の世間是体に候はずや。態と妄語をさせて世の中を損じさし、人をも悪道に堕さん料に、天狗外道平形の念珠を作り出して、一遍の念仏に十の珠数を超たり。乃至一万遍をば十万遍と申す。是念珠の薄く平き故也。是も只申にあらず。念珠を超に平数珠を禁めたる事諸経に多く候。繁き故に但一二の経を撃ぐ。数珠経云不応越母珠過越諸罪数珠如仏。勢至菩薩経云以平形念珠者此是外道弟子非我弟子。我遺弟必可用円形念珠。超越次第者依因果妄語之罪当堕地獄云云。此等の文意を能能信ずべし。平き念珠を持て虚事をすれば、三千大千世界の人の食を奪ふ罪也。其故は世間の人虚事をする故に、春夏秋冬たがひて世間の飢渇是より起り、人の病これより起る。是偏に妄語より始まれるなり。かう申すとも、此世の中の人は心なをる(治)まじく候えども、又心有ん人はさては僻事にこそ有なれと知しめんが為に経文を挙候。又世間の念仏者、現夢に智者見えたりけるなんど申候ぞ。天狗の見せたる夢なり。只道理と経文とを本とすべし。
又木・火・土・金・水も五戒也。木をば曲直と云てまがれるもあり、なをきもあり。少陽とかたどれるなり、故に春生ず。火をば炎上と申て空へのぼる。ものを熱するなり。五穀の火にあひて飯となるが如し。太陽とかたどれる故に、極てあたゝかなり。土と云物は社稷と云て、万の物をわかし(涌)出すなり。是又少陽なり。金は禁となる。是少陰の物なるが故にかたし。物のおこりを禁るなり。水をば潤下と云て、物をうるをし、やしなふなり。陰の終にはとくる(融)故に水なり。
又五行の相生と云事あり。木より火生じ、火より土生じ、土より金生じ、金より水生ず。是は常の人のしるところ也。又水は太陰の物にしてくらかるべき物なり。何意ぞ、水の底あかき(明)や。木は少陽の物なれば少しあかゝるべし。何意ぞ、木の中くらき(暗)や。火は太陽の物なれば大にあかかるべし。何意ぞ、火の中くらきや。土は少陽の物、少しあたゝかなるべし。何意ぞひゆるや。金は少陰の物、少しくらかるべし。何意ぞすこしあかきや。此等は智者の知ところ也。繁き故に注せず。
又五行の相剋と云事あり。木の敵は金也。金は勝、木は負る故也。春と秋とは敵対の季、東と西とは敵対の方也。火の敵は水也。水は勝、火は負る故也。夏と冬とは敵対の季、南と北とは敵対の方也。土の敵は木。木は勝、土は負る故也。木と金と合て金のかつ事は、堅きと和かなるとの故也。火と水と合て火の水に負る事は、あたゝかなるとつめたきとの故なり。土と木と合て木に土の負る事は、多と一との故なり。土は的の如し。木の土をとをる(徹)時、土五にわれ、木は箭の如してとをるなり。
我等が眼は木より生ず。耳は水より生ず。鼻は金より生ず。舌は火より生ず。身は土より生ずるなり。上の五行をもて五根の損ずるを知て、病の有様を知べし。又五根の損ずるは、五戒の破るゝ故なり。させる虚事をせぬ人も、あまりにすき物を好めば、舌損し身に瘡多し。させる物をば殺さねども、辛き物を多く食すれば眼損す。是を以て余の戒をも知べし。人目には五戒を持て貴き様なれども、食物に五戒を破て三悪道の主となり、人には善を疑はせ、我は仏法を恨む。此比世間の人、大旨是に似たり。戒を習んと思はん者、能能我身を知べきなり。
春七十二日は木勝故に、我身に瘡出て身かゆし。夏七十二日は火勝故に、我身熱して汗たる。秋七十二日は風勝故に、我身すさまじく(凄)秋風に身損す。冬七十二日は水勝故に、我身寒くつめたし。四季の土用には土勝故に我身ふとる。又我身の肉は土、骨の汁は水、血は火、皮は風、筋毛は木なり。又臍より下は土、臍より上胸さきまでは水、胸さきより上喉までは火、喉より口までは風と金となり、口より上頂までは木と空となり、是も五戒なるべし。
又三千世界も五戒を以て作れるなり。火と空とは我頭と腰となり、大海は腹なり。春と夏とは脇なり。秋と冬とは背なり。大骨の十二は十二月なり。小骨の三百六十は三百六十日なり。口の気は空の風なり、鼻の気は谷の風也、身の毛孔の風は家の風なり。右の眼は月、左の眼は日なり。髪は星なり。眉は北斗なり。血脈は江河なり。骨は玉石なり。身毛は草木なり。我身より一切の人間、乃至依報の国土まで五戒を以て作るなり。故に世間に物を殺す事多ければ、東の木星と変じて彗星と成て空に出づ。此時春の草木おひとどまる。又此星人間に下て、人の眼より入て眼の病となる。世間に偽り多ければ、中央の土、星と変じて彗星と成て空に出づ。此時大地やせて石となる。故に草木おひず。又此星下て人の口を病しむ。世間に盗人多ければ、西の金、星と変じて彗星と成て、空に出る時秋の菓すくなし。又此星下て人の鼻に入て病となり、戦あて世の乱となる。世間に酒をのむ者多ければ、南の火、星と変じて彗星と成て空に出づ、此時旱有て草木かるゝ。又此星人身の内に入て疫病世に多し。世間に邪婬多ければ、北の水、星と変じて彗星と成て空に出る時、大水世間に行き、此星人の耳より入て身のひゆる病となれり。五戒破れて世間の五穀損すれば、身の五臓もよはく成り、五神も栖を失ふ。此故に五の鬼神身に入て人の心をくるはすなり。日月の光も失て天地の禍となり、後生には五戒の大地破るゝ故に三悪道を栖とす。臨終には顛倒して只此事にあえり。
上の五戒は名目は提謂経に出たりといへども、意は止観真言の道理を以て書るなり。善導の釈にも仁・義・礼・智・信、地・水・火・風・空の名計は挙たりといへども、其義理なし。又浄土宗の学者も知ことあたはず。是体に知ずと云とも、浄土に生れなんや。わずかの小善成仏と申は是体に候なり。浄土宗の学者伝教大師の釈を引ども、末法には持戒の者なしと云釈の意を知ずして、人々を迷はす法門なり。恐るべし恐るべし。
次定法門事。夫定と申は多の定ありといへども、先出入の気を知べし。静なる処に居して、左の足を右の股にかけ、右の足を左の股にかけ、左右の手を合せてこぶしをにぎれ。大指をにぎりこめよ。口を合せて鼻より気を入れ、口より気を出せ。口の気はあたゝかにかろし。火と風との故なり。鼻の気はおもくつめたし、土と金との故なり。出入の気は諍はずして出し入よ。出入の気さはがしく(急)ば、我身に病有と知べし。譬へば煙の清濁を見て薪の生乾を知が如し。
春 仁以慈為義肝不殺生戒 眼木青酸木山雨味酢、歳星東出眼病。
夏 信不乱為本心不飲酒戒 舌火赤苦火山雨味苦、惑星南出舌病。
土用 智不偽為義脾不妄語戒 身意土黄甘土山雨味甘、鎮星中出身病。
秋 義以理為義肺不偸盗戒 鼻金白辛金山雨味辛、太白星西出鼻病。
冬 礼以敬為本腎不邪婬戒 耳水黒鹹雪山雨味鹹、辰星北出耳病。 
木より火生じ、火より土生じ、土より金生じ、金より水生ず。木の敵は金、金の敵は火、火の敵は水、水の敵は土、土の敵は木なり。
土水火金木五行也 
地水火風空五大也 
黄黒赤白青五色也 
意耳舌鼻眼五根也 
     五輪也
雨五味次第事。東方雨すし。不殺生戒、青眼春草木。南方雨苦し。不飲酒戒、赤舌夏火。中央雨甘し。不妄語戒、黄意土用大地。西方雨辛し。不偸盗戒、白鼻秋風金。北方雨鹹し。不邪婬戒、黒耳冬大海江河。
五山即五戒事。東は木山、不殺生戒。南は火山、不飲酒戒。中央は土山、不妄語戒。西は金山、不偸盗戒。北は雪山、不邪婬戒。
五常即五戒事。仁と云は人を憐れみ、生を慈しみ、物を育くむ心なり。義と云は事の謂れを違へず、邪なる事をなさず、万事に理を失はざる是なり。礼と云は父を敬ひ、母を敬ひ、天道仏神を貴とび、ないがしろ(蔑)にせざるを云なり。智と云は万事の有様をよく知て、善事悪事を弁へ、作まじき事をなさず、作べき事をなす是なり。信と云は事に於て誠を致し、僻事をなさず、心の底に思ひ解る是なり。又仁は不殺生戒、物を憐む故に物の命を断ざるなり。義は不偸盗戒、万の理を失はざる故に、人の物を主に知せずして我物とせず、又押ても取ざるなり。礼は不邪婬戒、婬は必ず礼を破る。愛心あればさる(左有)まじき人なれども、邪なる振舞をなす。是を守れば上下濫れず、行法もただしきなり。智は不妄語戒、物の有様を知ぬれば妄語せず。信は不飲酒戒也。心狂乱せず、即信あり。酒は人の心を乱す故なり。
私云此五戒は仏いまだ出世し給はざる時は、外道等も持之天上に生ずと教るなり。但持犯計を沙汰して、其上に仏法を聞んことをば知ざるなり。仏世に出給て此五戒を持て、人身を受て其上に仏法を聞て、悟を聞くと説給なり。然れば此五戒に様様の功徳を備へて、戒として摂せずと云ことなしと説給。此五戒を根本として大乗の諸戒も具足するなり。故に此五戒をば具足根本業清浄戒と名るなり。此五戒若破れつれば一切の諸戒皆破る。五戒は破るといへども、大乗戒は持たりと云事は無之。根本戒と名るは此故なり。
三乗の賢聖も、大小倶に此戒を持故也。仏も此戒を持給て、人中には出給なり。若此戒なくば、浄飯王宮に生れて菩薩と云れて、六年苦行して仏となり、大丈夫の身と云れ給事有まじ。一切衆生も五戒に依ずと云ことなし。魚に五のひれあり。是即五戒の体なり。馬に四支有て又一頭あり。是五戒の体なり。準之一切衆生を知ぬべし。三悪道の衆生も知ぬ、五戒の体なりと云ことを。戒は破るれども戒体は失せずと云ことをば、是を以てこゝろ得べき事なり。破戒と失戒とのかはりめをば、此等にて思合すべし云云。
倩事の情を案ずるに、山川・谿谷・大海・江河・土地・草木一切何物か五戒の体に非ずと云ことなし。委くは提謂経を見るべし。地獄の衆生も五戒を持つ、餓鬼の衆生も五戒を持つ乃至云云。地獄等の衆生の所持不殺生戒も、仏菩薩の所持不殺生戒も、但不殺生戒は同じことなり。但し所持の法はかはりめなけれども、能持の人には差別あり。故に沈浮も有なり。然れども戒体に於ては只何れも一なり。爰を以て一業とは云なり。是体の謂れをば、法華経ならではえいはぬ事なり。法華経の開会の法門と申すは、此五戒を開会するなり。経文委く見べし云云。
鶏が子をはごくみ、烏が子をかなしむまでも皆五戒の謂なり。五戒と云は仏因なり。然ればかゝる畜生までも仏法を行ずるにて侍るなり。慧遠法師が螻蟻をも超ずと云けん事も理なり。畜生云云、修羅云云、天云云、声聞云云、縁覚云云、菩薩云云、仏云云、天竺人云云、唐土人云云、日本人云云。文云他恵我色不与不取。於此色上起仁譲貞信明等五戒十善。人天四運也と。余色と云は九界の身也。余塵と云は九界の財物資生の具なり。余界と云は九界なり。他恵我色不与不取と云は人界の事也。是則五戒なり。提謂経云五戒天地之根本衆霊之源天持之和陰陽地持之生万物万物之母万神之父大道之元泥之本也。
  蓮長