聖人御難事
343 聖人御難事
去建長五年[太歳癸丑]四月二十八日に、安房国長狹郡之内東條の郷、今は郡也。天照太神の御くりや(廚)、右大将家の立始給日本第二のみくりや、今は日本第一なり。此郡の内清澄寺と申寺諸仏坊の持仏堂の南面にして、午時に此法門申はじめて今に二十七年、弘安二年[太歳己卯]なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂給。其中の大難申計なし。先々に申がごとし。余は二十七年なり。其間の大難は各々かつ(且)しろしめせり。
法華経云而此経者 如来現在 猶多怨嫉 況滅度後[云云]。釈迦如来の大難はかずをしらず。其中 馬の麦をもつて九十日、小指の出仏身血、大石の頂にかゝりし、善星比丘等の八人が身は仏の御弟子 心は外道にともないて昼夜十二時に仏の短をねらいし、無量の釈氏の波瑠璃王に殺し、無量の弟子等がゑい(酔)象にふまれし、阿闍世王の大難をなせし等、此等は如来現在の小難なり。況滅度後の大難は龍樹・天親・天台・伝教いまだ値給はず。法華経の行者ならずといわばいかでか行者にてをはせざるべき。又行者といはんとすれば仏のごとく身より血をあや(滴)されず。何況や仏に過たる大難なし。経文むなしきがごとし。仏説すでに大虚妄となりぬ。
而日蓮二十七年が間、弘長元年[辛酉]五月十二日には伊豆国へ流罪。文永元年甲子十一月十一日頭にきず(疵)をかほり左の手を打をらる。同文永八年[辛未]九月十二日佐渡の国へ配流、又頭の座に望。其外に弟子を殺れ、切れ、追出、くわれう(過料)等かずをしらず。仏の大難には及か勝たるか其は知ず。龍樹・天親・天台・伝教は余に肩を並がたし。日蓮末法に出ずば仏は大妄語人、多宝十方の諸仏は大妄語の証明なり。仏滅後二千二百二十余年が間、一閻浮提の内に仏の御言を助たる人但日蓮一人なり。
過去現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣万民、始は事なきやうにて終ほろびざるは候はず。日蓮又かくのごとし。始はしるし(験)なきやうなれども今二十七年が間、法華経守護の梵釈・日月・四天等さのみ守護せずば、仏前の御誓むなしくて、無間大城に墜べしとをそろしく想間、今は各々はげむらむ。太田親昌・長崎次郎兵衛尉時縄(綱)・大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるゝか。罰は惣罰・顕罰・現罰・冥罰、四候。日本国の大疫病と大けかち(飢渇)とどしうち(同士討)と他国よりせめらるゝは惣ばち(罰)なり。やくびやう(疫病)は冥罰なり。太田等は現罰なり。別ばちなり。
各々師子王の心を取出て、いかに人をどすともをづる事なかれ。師子王は百獣にをぢず、師子の子又かくのごとし。彼等は野干のほうる(吼)なり、日蓮が一門は師子の吼なり。故最明寺殿の日蓮をゆるしゝと此殿の許しゝは、禍なかりけるを人のざんげんと知て許しゝなり。今はいかに人申とも、聞ほどかすしては、人のざんげんは用給べからず。設い大鬼神のつける人なりとも、日蓮をば梵釈・日月・四天等、天照太神・八幡の守護し給ゆへに、ばつ(罰)しがたかるべしと存給べし。月々日々につよ(強)り給へ。すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。
我等凡夫のつたなさは経論に有事と遠き事はをそるゝ心なし。一定として平等も城等もいかりて此一門をさんざんとなす事も出来せば、眼をひさい(塞)で観念せよ。当時の人々のつくし(筑紫)へか、さゝれんずらむ。又ゆく人、又かしこに向る人々を、我が身にひきあてよ。当時までは此一門に此なげきなし。彼等はげん(現)はかくのごとし。殺ば又地獄へゆくべし。我等現には此大難に値とも後生は仏になりなん。設ば灸治のごとし。当時はいたけれども、後の薬なればいたくていたからず。
彼のあつわら(熱原)の愚癡の者どもいゐはげま(言励)してをどす事なかれ。彼等には、ただ一えん(円)にをもい切れ、よ(善)からんは不思議、わる(悪)からんは一定とをもへ。ひだるしとをもわば餓鬼道ををしへよ。さむしといわば八かん地獄ををしへよ。をそろしゝといわばたか(鷹)にあへるきじ(雉)、ねこにあへるねずみを他人とをもう事なかれ。
此はこまごまとかき候事はかくとし(年)とし月々日々に申て候へども、なごへの尼・せう(少輔)房・のと房・三位房なんどのやうに候をくびやう(臆病)・物をぼへず・よくふかく・うたがい多き者どもは、ぬれる(塗)うるし(漆)に水をかけ、そら(空)をきり(切)たるやうに候ぞ。三位房が事は大不思議の事ども候しかども、とのばら(殿原)のをもいには智慧ある者をそねませ給かと、ぐちの人をもいなんとをもいて物も申さで候しが、はらぐろ(侫心)となりて大つちをあたりて候ぞ。なかなかさんざんとだにも申せしかばたすかるへんもや候なん。あまりにふしぎさに申ざりしなり。又かく申せばをこ人どもは死もう(亡)の事を仰せ候と申べし。鏡のために申。又此事は彼等の人々も内々はをぢをそれ候らむとをぼへ候ぞ。人のさわげばとてひやうじ(兵士)なんど此一門にせられば、此へかきつけてたび候へ。恐々謹言。 十月一日 日蓮 [花押] 人々御中 さぶろうざへもん殿のもとに、とどめらるべし。