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四條金吾殿御返事必仮心固神守則強書

第二巻 定本番号 20316 弘安1(1278) 分類: その他

祖寿: 57 著作地: 身延 

    316   四條金吾殿御返事
今月二十二日、信濃より贈られ候し物の日記、銭三貫文・白米能米俵一・餅五十枚・酒大筒一小筒一・串柿五把・柘榴十。夫王は民を食とし、民は王を食とす。衣は寒温をふせぎ、食は身命をたすく。譬ば、油の火を継、水の魚を助るが如し。鳥は人の害せん事を恐れて木末に巣くふ。然れども食のために地にをりてわなにかゝる。魚は淵の底に住て浅き事を悲みて、穴を水の底に掘てすめども、餌にばかされて鉤をのむ。飲食と衣薬とに過たる人の宝や候べき。而るに日蓮は他人にことなる上、山林の栖、就中、今年は疫癘飢渇に春夏は過越し、秋冬は又前にも過たり。又身に当て所労大事になりて候つるを、かたがたの御薬と申し、小袖、彼しなじなの御治法にやうやう験候て、今所労平愈し、本よりもいさぎよくなりて候。弥勒菩薩の瑜伽論・龍樹菩薩の大論を見候へば、定業の者は薬変じて毒となる。法華経は毒変じて薬となると見えて候。日蓮不肖の身に法華経を弘めんとし候へば、天魔競ひて食をうばはんとする歟と思て不歎候つるに、今度の命たすかり候は、偏に釈迦仏の貴辺の身に入替らせ給て御たすけ候歟。是はさてをきぬ。
今度の御返りは神を失て歎候つるに、事故なく鎌倉に御帰候事、悦いくそばくぞ。余りの覚束なさに鎌倉より来る者ごとに問候つれば、或人は湯本にて行合せ給と云、或人はこふづ(国府津)にと、或人は鎌倉にと申候しにこそ心落居て候へ。是より後はおぼろげならずは御渡りあるべからず。大事の御事候はば御使にて承り候べし。返返今度の道はあまりにおぼつかなく候つる也。敵と申者はわすれさせて、ねらふ(狙)ものなり。是より後に若やの御旅には御馬をおしませ給ふべからず。よき馬にのらせ給へ。又供の者ども、せん(詮)にあひぬべからんもの、又どうまろ(胴丸)もちあげぬべからん御馬にのり給べし。
摩訶止観第八云弘決第八云必仮心固神守則強[云云]。神護ると申も人の心つよきによるとみえて候。法華経はよきつるぎ(剣)なれども、つかう人によりて物をきり候歟。されば末法に此経をひろめん人々、舎利弗と迦葉と観音と妙音と文殊と薬王と此等程の人やは候べき。二乗は見思を断じて六道を出でて候。菩薩は四十一品の無明を断じて十四夜の月の如し。然れども此等の人々にはゆづり給はずして、地涌の菩薩に譲り給へり。されば能々心をきたはせ給にや。李広将軍と申せしつはものは、虎に母を食れて虎に似たる石を射しかば、其矢羽ぶくらまでせめぬ。後に石と見ては立事なし。後には石虎将軍と申き。貴辺も又かくのごとく、敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消候歟。是につけても能々御信心あるべし。委く紙には尽しがたし。恐々謹言。   弘安元年[戊寅]後十月二十二日   日蓮  [花押]   四條左衛門殿  [御返事]