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四條金吾殿御書

第二巻 定本番号 20273 建治4(1278) 分類: その他

祖寿: 57 著作地: 身延 

    273   四條金吾殿御書
鷹取のたけ(嶽)・身延のたけ・なヽいた(七面)がれのたけ・いヽだに(飯谷)と申、木のもと、かや(萱)のね、いわの上、土の上、いかにたづね候へどもをひて候ところなし。されば海にあらざればわかめなし、山にあらざればくさびら(茸)なし。法華経にあらざれば仏になる道なかりけるか。
これはさてをき候ぬ。なによりも承て、すずし(爽)く候事は、いくばくの御にく(憎)まれの人の御出仕に、人かずにめしぐ(召具)せられさせ給て、一日二日ならず、御ひまもなきよし、うれしさ申ばかりなし。えもんのたいう(右衛門大夫)のをや(親)に立あひて、上の御一言にてかへりてゆり(許)たると、殿のすねん(数年)が間のにくまれ、去年のふゆ(冬)はかうとききしに、かへりて日日の御出仕の御とも、いかなる事ぞ。ひとへに天の御計、法華経の御力にあらずや。
其上、円教房の来て候しが申候は、えま(江馬)の四郎殿の御出仕に、御とものさぶらひ二十四五、其中にしう(主)はさてをきたてまつりぬ。ぬし(主)のせい(身長)といひ、かを(面)・たましひ(魂)・むま(馬)・下人までも、中務のさえもんのじやう(左衛門尉)第一なり。あはれ(天晴)をとこ(男)やをとこやと、かまくら(鎌倉)わらはべ(童)はつじち(辻)にて申あひて候しとかたり候。これにつけてもあまりにあやしく候。孔子は九思一言、周公旦は浴する時は三度にぎり、食る時は三度はかせ給。古の賢人なり、今の人のかがみなり。されば今度はことに身をつゝしませ給べし。よる(夜)はいかなる事ありとも、一人そと(外)へ出させ給べからず。たとひ上の御めし有とも、まづ下人をごそ(御所)へつかわして、なひなひ(内々)一定をききさだめて、はらまき(腹巻)をきて、はちまき(鉢巻)し、先後左右に人をたてて出仕し、御所のかたわらに心よせのやかたか、又我がやかたかに、ぬぎをきてまいらせ給べし。家へかへらんには、さきに人を入て、と(戸)のわき・はし(橋)のした・むまやのしり・たかどの一切くらきところをみせて入べし。せうまう(焼亡)には、我が家よりも人の家よりもあれ、たから(財)ををしみて、あわてて火をけすところへ、づつとよるべからず。まして走出る事なかれ。出仕より主の御ともして御かへりの時は、みかど(御門)より馬よりをりて、いとまのさしあうよし、はうくわんに申ていそぎかへるべし。上のをゝせなりとも、よ(夜)に入て御ともして御所にひさしかるべからず。かへらむには、第一心にふかきえうじん(用心)あるべし。こゝをばかならずかたきのうかがうところなり。人のさけ(酒)たばんと申とも、あやしみて、あるひは言をいだし、あるひは用ことなかれ。
又御をとゝ(舎弟)どもには常はふびんのよしあるべし。つねにゆせに(湯銭)ざうりのあたい(草履価)なんど心あるべし。もしやの事のあらむには、かたきはゆるさじ。我ためにいのち(命)をうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありとも、せうせうの失をばしらぬやうにてあるべし。又女るひはいかなる失ありとも、一向に御けうくん(教訓)までもあるべからず。ましていさ(争)かうことなかれ。涅槃経云罪雖極重不及女人等[云云]。文の心はいかなる失ありとも女のとがををこなはざれ。此賢人なり、此仏弟子なりと申文なり。此文は阿闍世王父を殺のみならず、母をあやまたむとせし時、耆婆・月光の両臣がいさめたる経文なり。我母心ぐるしくをもひて、臨終までも心にかけしいもうとどもなれば、失をめん(免)じて不便というならば、母の心やすみて孝養となるべしとふかくをぼすべし。他人をも不便というぞかし。いわうやをとをとどもをや。もしやの事の有には一所にていかにもなるべし。此等こそとどまりゐてなげ(歎)かんずれば、をもひで(思出)にとふかくをぼすべし。かやう申は他事はさてをきぬ。双六は二ある石はかけられず、鳥は一の羽にてとぶことなし。将門さだたふ(貞任)がやうなりしいふしやう(勇将)も一人は叶ず。されば舎弟等を子とも郎等ともうちたのみてをはせば、もしや法華経もひろまらせ給て世にもあらせ給わば、一方のかたうど(方人)たるべし。
すでにきやう(京)のだいり・院のごそ(御所)・かまくらの御所並に御うしろみ(後見)の御所、一年が内二度正月と十二月とにやけ候ぬ。これ只事にはあらず。謗法の真言師等を御師とたのませ給上、かれら法華経をあだみ候ゆへに、天のせめ、法華経・十羅刹の御いさめあるなり。かへりて大さんげ(懺悔)あるならばたすかるへんもあらんずらん。いたう天の此国ををしませ給ゆへに、大なる御いさめあるか。すでに他国が此国をうちまきて国主国民を失はん上、仏神の寺社百千万がほろびんずるを天眼をもつて見下てなげかせ給なり。又法華経の御名をいういう(優々)たるものどもの唱を、誹謗正法の者どもがをどし候を、天のにくませ給故なり。あなかしこあなかしこ。今年かしこ(賢)くして物を御らんぜよ。山海空市まぬがるるところあらばゆきて今年はすぎぬべし。阿私陀仙人が仏の生れ給しを見て、いのちををしみしがごとし、をしみしがごとし。恐々謹言。   正月二十五日   日蓮  [花押]   中務左衛門尉殿