曽谷入道殿御返事(如是我聞鈔)
267 曽谷入道殿御返事
妙法蓮華経一部一巻[小字経]、御供養のために御布施に小袖[二重]・鵞目十貫・並扇[百本]。 文句一云如是者拳所聞之法体。記一云若非超八之如是安為此経之所聞[云云]。華厳経題云大方広仏華厳経如是我聞[云云]。摩訶般若波羅蜜経如是我聞[云云]。大日経題云大毘盧遮那神変加持経如是我聞[云云]。一切経の如是は何なる如是ぞやと尋ぬれば、上題目を指て如是とは申也。仏、何経にてもとかせ給し其所詮の理をさして題目とはせさせ給しを、阿難・文殊・金剛手等滅後に結集し給し時、題目をうちをい(打置)て、如是我聞と申せし也。一経の内の肝心は題目におさまれり。
例せば天竺と申国あり、九万里七十箇国也。然ども其中の人畜草木山河大地、皆月氏と申二字の内にれきれき(歴々)たり。譬ば一四天下の内に四洲あり。其中の一切の万物は月に移りて、すこしもかくるる事なし。経も又如是、其経の中の法門は其経の題目の中にあり。
阿含経の題目は一経の所詮無常の理をおさめたり。外道の経の題目のあう(阿_)の二字にすぐれたる事百千万倍也。九十五種の外道、阿含経の題目を聞てみな邪執を倒し、無常の正路におもむきぬ。般若経の題目を聞ては体空・但中・不但中の法門をさとり、華厳経の題目を聞人は但中・不但中のさとりあり。大日経・方等般若経の題目を聞人は或析空 或体空 或但空 或不但空 或但中不但中の理をばさとれども、いまだ十界互具・百界千如・三千世間の妙覚の功徳をばきかず。
その詮を説ざれば法華経より外は理即の凡夫也。彼経経の仏菩薩はいまだ法華経の名字即に及ばず。何況題目をも唱へざれば観行即にいたるべしや。故妙楽大師記云若非超八之如是安為此経之所聞[云云]。彼彼の諸経の題目は八教の内也、網目の如。此経の題目は八教の網目に超て大綱と申物也。
今妙法蓮華経と申す人人はその心をしらざれども、法華経の心をうるのみならず、一代の大綱を覚り給へり。例せば一、二、三歳の太子位につき給ぬれば、国は我が所領也。摂政関白巳下は我所従なりとは、しら(知)せ給はねども、なにも此太子の物也。譬ば小児は分別の心なけれども、悲母の乳を口にのみぬれば自然に生長するを、趙高が様に心おごれる臣下ありて、太子をあなづれば身をほろぼす。諸経諸宗の学者等、法華経の題目ばかりを唱る太子をあなづりて、趙高が如くして無間地獄に堕る也。又法華経の行者の、心もしらず題目計を唱るが、諸宗の智者におどされて退心をおこすは、こがい(胡亥)と申せし太子が趙高におどされ、ころされしが如し。
南無妙法蓮華経と申は一代の肝心たるのみならず、法華経の心也、体也、所詮也。かゝるいみじき法門なれども、仏滅後二千二百二十余年の間、月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず。漢土の天台妙楽も流布し給はず。日本国には聖徳太子・伝教大師も宣説し給はず。されば和法師が申は僻事にてこそ有らめと諸人疑て信ぜず。是又第一の道理也。譬ば昭君なんどを、あやしの兵なんどがおかし(犯)たてまつるを、みな人よもさはあらじと思へり。大臣公卿なんどの様なる天台伝教の弘通なからん法華経の肝心南無妙法蓮華経を、和法師程のものがいかで唱べしと[云云]。
汝等是を知や。烏と申鳥は無下のげす鳥なれども、鷲・_の不知年中の吉凶を知れり。蛇と申す虫は龍象に不及、七日の間の洪水を知ぞかし、設龍樹天台の知給はざる法門なりとも、経文顕然ならばなにをか疑はせ給べき。日蓮をいやしみて南無妙法蓮華経と唱させ給はぬは、小児が乳をうたがふてなめず、病人が医師を疑て薬を服せざるが如し。龍樹天親等は是を知給へども、時なく機なければ弘通し給ざるか。余人は又しらずして宣伝せざるか。仏法は時により機によりて弘る事なれば、云にかひなき日蓮が時にこそあたりて候らめ。
所詮妙法蓮華経の五字をば当時の人人は名と計思へり。さにては候はず、体也。体とは心にて候。章安云蓋序王者敍経玄意玄意述於文心[云云]。此釈心は妙法蓮華経と申は文にあらず、義にあらず、一経の心なりと釈せられて候。されば題目をはなれて法華経の心を尋る者は、猿をはなれて肝をたづねしはかなき亀也。山林をすてて菓を大海の辺にもとめし猿猴也。はかなし、はかなし。 建治三年[丁丑]霜月二十八日 日蓮 [花押] 曽谷次郎入道殿