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四條金吾殿御返事有知弘正法事

第二巻 定本番号 20228 建治2(1276) 分類: その他

祖寿: 55 著作地: 身延 

    228   四條金吾殿御返事
正法をひろむる事は必智人によるべし。故に釈尊は一切経をとかせ給て、小乗経をば阿難、大乗経をば文殊師利、法華経の肝要をば、一切の声聞・文殊等の一切の菩薩をきらひて、上行菩薩をめして授させ給き。設正法を持てる智者ありとも、檀那なくんば争か弘るべき。然ば釈迦仏の檀那は梵王・帝釈の二人なり。これは二人ながら天の檀那なり。仏は六道の中には人天、人天の中には人に出させ給。人には三千世界の中央五天竺、五天竺の中には摩竭提国に出させ給て候しに、彼国の王を檀那とさだむべき処に、彼国の阿闍世王は悪人也。聖人は悪王に生れあふ事第一の怨にて候しぞかし。
阿闍世王は賢王なりし父をころす。又うちそふ(添)わざはひ(災)と提婆達多を師とせり。達多は三逆罪をつくる上、仏の御身より血を出したりし者ぞかし。不孝の悪王と謗法の師とよりあひて候しかば、人間に二のわざはひにて候しなり。一年二年ならず、数十年が間、仏にあだをなしまいらせ、仏の御弟子を殺せし事数をしらず。かゝりしかば天いかりをなして天変しきりなり。地神いかりをなして地夭申に及ばず。月々に悪風、年々に飢饉疫癘来て、万民ほとんどつきなんとせし上、四方の国より阿闍世王を責。既に危く成て候し程に、阿闍世王或は夢のつげにより、或は耆婆がすゝめにより、或は心にあやしむ事ありて、提婆達多をばうち捨て仏の御前にまいりてやうやう(様々)にたいはう(怠報)申せしかば、身の病忽にいゑ、他方のいくさも留り、国土安穏になるのみならず、三月の七日に御崩御なるべかりしが命をのべて四十年也。千人の阿羅漢をあつめて、一切経ことには法華経をかきをかせ給き。今我等がたのむところの法華経は阿闍世王のあたへさせ給御恩也。
是はさてをきぬ。仏の阿闍世王にかたらせ給し事を日蓮申ならば、日本国の人は今つく(作)れる事どもと申さんずらん。なれども我が弟子檀那なればかたり(語)たてまつる。仏言く、我滅後末法に入て、又調達がやうなるたうとく五法を行ずる者国土に充満して、悪王をかたらひて、但一人あらん智者を或はのり、或はうち、或は流罪、或は死に及ぼさん時、昔にもすぐれてあらん天変・地夭・大風・飢饉・疫癘、年々にありて、他国より責べしと説れて候。守護経と申経の第十の巻の心也。当時の世にすこしもたがはず。然に日蓮は此一分にあたれり。日蓮をたすけんと志す人々少々ありといへども、或は心ざしうすし、或は心ざしはあつけれども身がうご(合期)せず、やうやう(様々)にをはするに、御辺は其一分なり。心ざし人にすぐれてをはする上、わづかの身命をさゝう(支)るも又御故なり。天もさだめてしろしめし、地もしらせ給ぬらん。殿いかなる事にもあはせ給ならば、ひとへに日蓮がいのちを天のたた(断)せ給なるべし。人の命は山海空市まぬかれがたき事と定て候へども、又定業亦能転の経文もあり。又天台の御釈にも定業をのぶる釈もあり。前に申せしやうに蒙古国のよするまでつゝしませ給なるべし。
主の御返事をば申させ給べし。身に病ありては叶がたき上、世間すでにかうと見え候。それがしが身は時によりて憶病はいかんが候はんずらん。只今の心はいかなる事も出来候はば、入道殿の御前にして命をすてんと存候。若やの事候ならば、越後よりはせ上らんは、はるかなる上、不定なるべし。たとひ所領をめさるゝなりとも、今年はきみをはなれまいらせ候べからず。是より外はいかに仰せ蒙るとも、をそれまいらせ候べからず。是よりも大事なる事は日蓮の御房の御事と、過去に候父母の事なりと、のゝしらせ給へ。すてられまいらせ候とも命はまいらせ候べし。後世は日蓮の御房にまかせまいらせ候と、高声にうちなのり居させ給へ。   建治二年[丙子]九月六日   日蓮  [花押]  四條金吾殿