上野殿御消息(本門取要鈔与南條氏書)
202 上野殿御消息
三世の諸仏の世に出させ給ても、皆皆四恩を報ぜよと説き、三皇・五帝・孔子・老子・顔回等の古の賢人は四徳を修せよと也。
四徳と者、一には父母に孝あるべし。二には主に忠あるべし。三には友に合て礼あるべし。四には劣れるに逢て慈悲あれと也。
一に父母に孝あれとは、たとひ親はものに覚えずとも、悪さまなる事を云とも、聊かも腹も立ず、誤る顔を見せず、親の云事に一分も違へず、親によき物を与へんと思て、せめてする事なくば一日に二三度えみ(笑)て向へと也。
二に主に合て忠なるべしとは、いさゝかも主にうしろめたなき(後痛)心あるべからず。たとひ我身は失はるとも、主にはかまへ(構)てよかれ(善)と思べし。かく(隠)れての信あれば、あらは(顕)れての徳ある也と[云云]。
三には友にあふて礼あれとは、友達の一日に十度二十度来れる人なりとも、千里二千里来る人の如く思ふて、礼儀いさゝかをろか(疎)に思べからず。
四に劣れる者に慈悲あれとは、我より劣りたらん人をば我子の如く思て、一切あはれみ慈悲あるべし。
此を四徳と云也。是の如く振舞を賢人とも聖人とも云べし。此の四の事あれば余の事にはよからねどもよき者也。如是四の徳を振舞ふ人は、外典三千巻をよまねども、読たる人となれり。
一仏教の四恩者、一には父母の恩を報ぜよ、二には国主の恩を報ぜよ、三には一切衆生の恩を報ぜよ、四には三宝の恩を報ぜよ。一に父母の恩を報ぜよとは、父母の赤白二渧和合して我身となる。母の胎内に宿る事、二百七十日九月の間、三十七度死るほどの苦みあり。生落す時、たへがたしと思ひ念ずる息、頂より出る煙り梵天に至る。さて生落されて乳をのむ事一百八十余石。三年が間は父母の膝に遊び、人となりて仏教を信ずれば、先づ此父と母との恩を報ずべし。父の恩の高き事須弥山猶ひきし。母の恩の深き事大海還て浅し。相構て父母の恩を報ずべし。
二に国主の恩を報ぜよとは、生れて已来、衣食のたぐひより初て、皆是国主の恩を得てある者なれば、現世安穏後生善処と祈り奉るべし。
三に一切衆生の恩を報ぜよとは、されば昔は、一切の男は父なり、女は母なり。然る間、生生世世に皆恩ある衆生なれば、皆仏になれと思ふべき也。
四に三宝の恩を報ぜよと者、最初成道の華厳経を尋れば、経も大乗、仏も報身如来にて坐ます間、二乗等は昼の梟、夜の鷹の如くして、かれを聞といへども、耳しゐ目しゐの如し。然間、四恩を報ずべきかと思ふに、女人をきらはれたる間、母の恩報じがたし。
次に仏、阿含小乗経を説給し事十二年、是こそ小乗なれば我等が機にしたがふべきかと思へば、男は五戒、女は十戒、法師は二百五十戒、尼は五百戒を持て三千の威儀を具すべしと説たれば、末代の我等かなふべしともおぼえねば、母の恩報じがたし。況此経にもきらはれたり。
方等・般若四十余年の経経に皆女人をきらはれたり。但天女成仏経・観経等にすこし女人の得道の経文有といへども、但名のみ有て実なき也。其上、未顕真実の経なれば如何が有けん。四十余年の経経に皆女人を嫌れたり。又最後に説給たる涅槃経にも女人を嫌はれたり。
何れか四恩を報ずる経有と尋れば、法華経こそ女人成仏する経なれば八歳の龍女成仏し、仏の姨母_曇弥・耶輸陀羅比丘尼記別にあづかりぬ。されば我等が母は但女人の体にてこそ候へ、畜生にもあらず、蛇身にもあらず。八歳の龍女だにも仏になる。如何ぞ此経の力にて我母の仏にならざるべき。されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずる也。我心には報ずると思はねども、此経の力にて報ずる也。
然間、釈迦・多宝等の十方無量の仏、上行地涌等の菩薩も、普賢・文殊等の迹化の大士も、舎利弗等の諸大声聞も、大梵天王・日月等の明主諸天も、八部王も、十羅刹女等も、日本国中の大小の諸神も、摠じて此法華経を強く信じまいらせて、余念なく一筋に信仰する者をば、影の身にそふが如く守らせ給ひ候也。相構て相構て、心を翻へさず一筋に信じ給ふならば、現世安穏後生善処なるべし。恐恐謹言。 日蓮 [花押] 上野殿