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主君耳入此法門免与同罪事

第一巻 定本番号 152 文永11(1274) 分類: その他

祖寿: 53 対告衆: 四條 著作地: 身延 

    152   主君耳入此法門免与同罪事
錢二貫文給了。   有情の第一の財は命にはすぎず。此を奪者必三途に堕。然ば輪王は十善の始には不殺生。仏の小乗経の始には五戒、其始には不殺生。大乗梵網経の十重禁の始には不殺生。法華経の寿量品は釈迦如来の不殺生戒の功徳に当て候品ぞかし。されば殺生をなす者は三世の諸仏にすてられ、六欲天も是を守る事なし。此由は世間の学者も知れり。日蓮もあらあら得意候。
但し殺生に子細あり。彼被殺者の失に軽重あり。我父母・主君・我師匠を殺せる者をかへりて害せば、同じつみなれども重罪かへりて軽罪となるべし。此世間の学者知れる処なり。但し法華経の御かたきをば大慈大悲の菩薩も供養すれば、必無間地獄に堕。五逆の罪人も彼を怨とすれば必人天に生を受く。仙予国王・有徳国王は五百無量法華経のかたきを打て、今は釈迦仏となり給。其御弟子迦葉・阿難・舎利弗・目連等の無量眷属は、彼時に先を懸陳をやぶり、或は殺し、或は害し、或は随喜せし人人也。覚徳比丘は迦葉仏也。彼時に此王王を勧て法華経のかたきをば、父母宿世叛逆の者の如くせし大慈大悲の法華経の行者也。今世は彼世に当れり。国主日蓮が申事を用るならば彼がごとくなるべきに、不用上かへりて彼がかたうどとなり、一国こぞりて日蓮をかへりてせむ。上一人より下万民にいたるまで、皆五逆に過たる謗法の人となりぬ。されば各各も彼が方ぞかし。心は日蓮に同意なれども身は別なれば、与同罪のがれがたきの御事に候に、主君に此法門を耳にふれさせ進せけるこそありがたく候へ。今は御用なくもあれ、殿の御失は脱給ひぬ。
此より後には口をつつみておはすべし。又、天も一定殿をば守らせ給らん。此よりも申也。かまへてかまへて御用心候べし。いよいよにくむ人人ねら(狙)ひ候らん。御さかもり、夜は一向に止給へ。只女房と酒うち飲でなで御不足あるべき。他人のひるの御さかもりおこたる(油断)べからず。酒を離れてねらうひま(隙)有るべからず。返返。恐恐謹言。   九月二十六日   日蓮[花押]  左衛門尉殿[御返事]