異体同心事(報大田氏書)
150 異体同心事
白小袖一、あつわたの小袖、はわき(伯耆)房のびんぎに鵞目一貫、並にうけ給。はわき房・さど(佐渡)房等の事、あつわら(熱原)の者どもの御心ざし。
異体同心なれば万事を成し、同体異心なれば諸事叶事なしと申事は、外典三千余巻に定て候。殷の紂王は七十万騎なれども、同体異心なればいくさにまけぬ。周の武王は八百人なれども、異体同心なればかちぬ。一人の心なれども二の心あれば、其心たがいて成ずる事なし。百人千人なれども、一つ心なれば必事を成ず。日本国の人人は多人なれども、同体異心なれば諸事成ぜん事かたし。日蓮が一類は異体同心なれば、人人すくなく候へども大事を成じて、一定法華経ひろまりなんと覚へ候。悪は多けれども一善にかつ事なし。譬へば多火あつまれども一水にはきゑぬ。此一門又かくのごとし。
其上、貴辺は多年としつもりて奉公法華経にあつくをはする上、今度はいかにもすぐれて御心ざし見えさせ給よし、人人も申候。又かれらも申候。一一に承て、日天にも大神にも申上て候ぞ。御文はいそぎ御返事申べく候ひつれども、たしかなるびんぎ候はで、いままで申候はず。べんあさり(弁阿闍梨)がびんぎ、あまりそうそうにてかきあへず候き。
さては各各としのころいかんがとをぼしつる。もうこ(蒙古)の事すでにちかづきて候か。我国のほろびん事はあさましけれども、これだにもそら事になるならば、日本国の人人いよいよ法華経を謗して、万人無間地獄に堕べし。かれだにもつよるならば国はほろぶとも謗法はうすくなりなん。譬へば灸治をしてやまいをいやし、針治にて人をなをすがごとし。当時はなげくとも後は悦なり。日蓮は法華経の御使、日本国の人人は大族王の一閻浮提の仏法を失しがごとし。蒙古国は雪山の下王のごとし、天の御使として法華経の行者をあだむ人人を罰せらるるか。又、現身に改悔ををこしてあるならば、阿闍世王の仏に帰して白癩をや(治)め、四十年の寿をのべ、無根の信と申位にのぼりて、現身に無生忍をえたりしがごとし。恐恐謹言。 八月六日 日蓮[花押]