大果報御書
130 大果報御書
者どもをば少少はをひいだし、或きしやう(起請)かかせて、はう(法)にすぎて候つるが、七月末八月の始に所領かわり、一万余束の作毛をさへかられて、山やにまとひ候ゆへに、日蓮なをばうしつるゆへかとのゝしり候上、御かへりの後、七月十五日より已下いしはいと申虫ふりて、国大体三分之うへそんじ候ぬ。をほかた人のいくべしともみへず候。これまで候をもいたたせ給上、なに事もとをもひ候へども、かさねての御心ざしはうにもすぎ候か。
なによりもおぼつかなく候つる事は、とののかみの御気色いかんがとをぼつかなく候つるに、なに事もなき事申ばかりなし。かうらい(高麗)むこ(蒙古)の事うけ給候ぬ。なにとなくとも釈迦如来法華経を失候つる上は、大果報ならば三年はよもとをもひ候つるに、いくさ(軍)けかち(飢渇)つづき候ぬ。国はいかにも候へ、法華経のひろまらん事疑なかるべし。御母の御事、経をよみ候事に申候なり。此御使いそぎ候へばくはしく申ず候。恐恐。