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善無畏三蔵鈔師恩報酬鈔

第一巻 定本番号 76 文永7(1270) 分類: その他

祖寿: 49 対告衆: 浄顕房 義浄房 

    76  善無畏三蔵鈔
法華経は一代聖教の肝心、八万法蔵の依どころ也。大日経・華厳経・般若経・深密経等の諸の顕密の諸経は震旦・月氏・龍宮・天上・十方世界の国土の諸仏の説教恒沙塵数也。大海を硯水とし、三千大千世界の草木を筆としても書尽しがたき経経の中をも、或は此を見、或は計り推するに、法華経は最第一におはします。
而るを印度等の宗、日域の間に仏意を窺はざる論師人師多くして、或は大日経は法華経に勝たり。或人々は法華経は大日経に劣るのみならず、華厳経にも及ばず。或人々は法華経は涅槃経・般若経・深密経等には劣。
或人々は辺辺あり、互に勝劣ある故に。或人云、随機勝劣あり、時機に叶へば勝れ、叶はざれば劣る。或人云、有門より得道すべき機あれば、空門をそしり有門をほむ。余も是を以て知べしなんど申す。其時の人々の中に此法門を申しやぶる人なければ、おろかなる国王等深く是を信ぜさせ給ひ、田畠等を寄進して徒党あまたになりぬ。
其義久く旧ぬれば、只正法なんめりと打思て、疑ふ事もなく過行程に、末世に彼等が論師人師より智慧賢き人出来して、彼等が持つところの論師人師の立義、一々に或は所依の経々に相違するやう、或は一代聖教の始末浅深等をへざる故に専ら経文を以て責申す時、
各々宗々の元祖の邪義、難扶故に陳方を失ひ、或は疑云、論師人師定て経論に証文ありぬらん。我智及ばざれば扶がたし。或は疑云、我師は上古の賢哲なり、今我等は末代の愚人なり、なんど思故に、有徳高人をかたらひえて怨のみなすなり。
しかりといへども、予自他の偏党をなげすて、論師人師の料簡を閣て、専経文によるに、法華経は勝れて第一におはすと得意侍る也。法華経に勝れておはする御経ありと申す人出来候はば、思食べし。此は相似の経文を見たがへて申歟。
又、人の私に我と経文をつくりて事を仏説によせて候歟。智慧おろかなる者へずして、仏説と号するなんどと思食べし。慧能が壇経、善導が観念法門経、天竺・震旦・日本国に私に経を説をける邪師其数多し。
其外、私に経文を作り、経文に私の言を加へなんどせる人々是多し。雖然、愚者是を真と思也。譬ば天に日月にすぎたる星有なんど申せば、眼無き者はさもやなんど思はんが如し。我師は上古の賢哲、汝は末代の愚人なんど申事をば、愚なる者はさもやと思也。
此不審は今に始たるにあらず。陳隋の代に智法師と申せし小僧一人侍りき。後には二代の天子の御師、天台智者大師と号し奉る。此人始いやしかりし時、但漢土五百余年の三蔵人師を破るのみならず、月氏一千年の論師をも破せしかば、南北の智人等雲の如く起り、東西の賢哲等星の如く列て、雨の如く難を下し、風の如く此義を破しかども、終に論師人師の偏邪の義を破して天台一宗の正義を立にき。
日域の桓武の御宇に最澄と申小僧侍りき。後には伝教大師と号し奉る。欽明已来の二百余年の諸の人師の諸宗を破りしかば、始は諸人いかりをなせしかども、後には一同に御弟子となりにき。此等の人々の難に我等が元祖は四依の論師、上古の賢哲也、汝は像末の凡夫愚人也、とこそ難じ侍りしか。
正像末には依べからず、実経の文に依べきぞ。人には依べからず、専ら道理に依べき歟。外道仏を難じて云、難じは成劫の末、住劫の始の愚人也。我等が本師は先代の智者、二天三仙是也。なんど申せしかども、終に九十五種の外道とこそ捨られしか。
日蓮八宗を勘へたるに、法相宗・華厳宗・三論宗等は権経に依て、或は実経に同じ、或は実経を下せり。是論師人師より誤りぬと見えぬ。倶舎成実は子細ある上、律宗なんどは小乗最下の宗也。
人師より権大乗、実大乗にもなれり。真言宗・大日経等は未及華厳経等何況涅槃法華経等に及べしや。而るに善無畏三蔵は、華厳・法華・大日経等の勝劣を判ずる時、理同事勝の謬釈を作りしより已来、或はおごり(傲)をなして法華経は華厳経にも劣りなん、何況真言経に及べしや。
或は云、印真言のなき事は法華経に諍ふべからず。或は云く、天台宗の祖師多く真言宗を勝と云、世間の思も真言宗勝れたるなんめりと思へり。
日蓮此事を計るに、人多く迷ふ事なれば委細にかんがへたる也。粗余処に注せり見るべし。又志あらん人々は存生の時習伝ふべし。人の多くおもふにはおそるべからず、又時節の久近にも依べからず、専ら経文と道理とに依べし。
浄土宗は曇鸞・道綽・善導より誤多くして、多くの人々を邪見に入けるをを、日本の法然、是をうけ取て人ごとに念仏を信ぜしむるのみならず、天下の諸宗を皆失はんとするを、叡山三千の大衆・南都興福寺・東大寺の八宗より是をせく(塞)故に、代々の国王敕宣を下し、将軍家より御教書をなしてせけ(塞)どもとどまらず。弥々繁昌して、返て主上上皇万民等にいたるまで皆信伏せり。
而るに日蓮は安房国東條片海の石中の賤民が子也。威徳なく、有徳のものにあらず。なににつけてか、南都北嶺のとどめがたき天子虎牙の制止に叶はざる念仏をふせぐべきとは思へども、経文を亀鏡と定め、天台伝教の指南を手ににぎりて、
建長五年より今年文永七年に至るまで、十七年が間是を責たるに、日本国の念仏大体留り了ぬ。眼前に是れ見えたり。又口にすてぬ人々はあれども、心計は念仏は生死をはなるゝ道にはあらざりけると思ふ。
禅宗以て如是。一を以て万を知れ。真言等の諸宗の誤をだに留ん事、手ににぎりておぼゆる也。
況や、当世の高僧真言師等は其智牛馬にもおとり、螢火の光にもしかず、只、死せるものゝ手に弓箭をゆひつけ、ねごとするものに物をとふが如し。手に印を結び、口に真言は誦すれども、其心中には義理をる事なし。結句、慢心は山の如く高く、欲心は海よりも深し。
是は皆自経論の勝劣に迷ふより事起り、祖師の誤をたゞさざるによる也。所詮、智者は八万法蔵をも習ふべし、十二部経をも学すべし。末代濁悪世の愚人は、念仏等の難行易行等をば抛て、一向に法華経の題目を南無妙法蓮華経と唱給べし。日輪東方の空に出させ給へば、南浮の空皆明かなり。大光を備へ給へる故也。
螢火は未照国土。宝珠は懐中に持ぬれば、万物皆ふらさずと云事なし。瓦石は財をふらさず。念仏等は法華経の題目に対すれば、瓦石と宝珠と、螢火と日光との如し。我等が味眼を以て螢火の光を得て、物の色をふべしや。旁凡夫の叶がたき法は、念仏真言等の小乗権経也。
我師釈迦如来は一代聖教乃至八万法蔵の説者也。此娑婆無仏の世の最先に出させ給て、一切衆生の眼目を開き給ふ御仏也。東西十方の諸仏菩薩も皆此仏の教なるべし。譬ば、皇帝已前は人、父をしらずして畜生の如し。
堯王已前は四季をへず、牛馬の癡なるに同じかりき。仏世に出させ給はざりしには、比丘比丘尼の二衆もなく、只男女二人にて候き。今比丘比丘尼の真言師等、大日如来を本尊と定めて釈迦如来を下し、念仏者等が阿弥陀仏を一向に持て釈迦如来を抛たるも、教主釈尊の比丘比丘尼也。元祖が誤を伝来るなるべし。
此釈迦如来は三の故ましまして、他仏にかはらせ給ひて娑婆世界の一切衆生の有縁の仏となり給ふ。一には、此娑婆世界の一切衆生の世尊にておはします。阿弥陀仏は此国の大王にはあらず。釈迦仏は譬ば我国の主上のごとし。先此国の大王を敬て、後に他国の王をば敬ふべし。
天照太神正八幡宮等は我国の本主也。迹化の後神と顕れさせ給ふ。此神にそむく人、此国の主となるべからず。されば天照太神をば鏡にうつし奉りて内侍所と号す。八幡大菩薩に敕宣有て物申あはさせ給き。大覚世尊は我等が尊主也。先御本尊と定むべし。
二には、釈迦如来は娑婆世界の一切衆生の父母也。先づ我父母を孝し、後に他人の父母には及ぼすべし。例せば、周の武王は父の形を木像に造て、車にのせて戦の大将と定めて天感を蒙り、殷の紂王をうつ。
舜王は父の眼の盲たるをなげきて涙をながし、手をもてのごひ(拭)しかば本のごとく眼あきにけり。此仏も又如是、我等衆生の眼をば開仏知見とは開き給しか。いまだ他仏は開き給はず。
三には、此仏は娑婆世界の一切衆生の本師也。此仏は賢劫第九、人寿百歳の時、中天竺浄飯大王の御子、十九にして出家し、三十にして成道し、五十余年が間一代聖教を説き、八十にして御入滅、舎利を留めて一切衆生を正像末に救ひ給ふ。
阿弥陀如来・薬師仏・大日等は、他土の仏にして此世界の世尊にてはましまさず。此娑婆世界は十方世界の中の最下の処、譬ば此国土の中の獄門の如し。十方世界の中の十悪五逆誹謗正法の重罪逆罪の者を諸仏如来擯出し給しを、釈迦如来此土にあつめ給ふ。
三悪並に無間大城に堕て、其苦をつぐのひて人中天上には生れたれども、其罪の余残ありてややもすれば正法を謗じ、罵智者罪つくりやすし。例せば身子は阿羅漢なれども瞋恚のけしきあり。畢陵は見思を断ぜしかども慢心の形みゆ。
難陀は婬欲を断じても女人に交る心あり。煩悩を断じたれども余残あり。何に況や凡夫にをいてをや。されば釈迦如来の御名をば能忍と名て此土に入給に、一切衆生の誹謗をとがめずよく忍び給ふ故也。
此等の秘術は他仏のかけ(欠)給へるところ也。阿弥陀仏等の諸仏世尊悲願をおこさせ給て、心にははぢ(恥)をおぼしめして、還て此界にかよひ、四十八願十二大願なんどは起させ給ふなるべし。
観世音等の他土の菩薩も亦復如是。仏には常平等の時は一切諸仏は差別なけれども、常差別の時は各々に十方世界に土をしめて有縁無縁を分ち給ふ。
大通智勝仏の十六王子、十方に土をしめて一々に我弟子を救ひ給ふ。其中に釈迦如来は此土に当り給ふ。我等衆生も又生を娑婆世界に受ぬ。いかにも釈迦如来の教化をばはなるべからず。
而といへども人皆是を不知。委く尋ねあきらめば、唯我一人能為救護と申て釈迦如来の御手を離るべからず。而れば此土の一切衆生生死を厭ひ、御本尊を崇めんとおぼしめさば、必先釈尊を木画の像に顕して御本尊と定めさせ給て、其後力おはしまさば、弥陀等の他仏にも及べし。
然るを当世聖行なき此土の人々の仏をつくりかゝせ給に、先他仏をさきとするは、其仏の御本意にも釈迦如来の御本意にも叶ふべからざる上、世間の礼儀にもはづれて候。されば優填大王の赤栴檀いまだ他仏をばきざませ給はず、千塔王の画像も釈迦如来也。
而るを諸大乗経による人々、我所依の経々を諸経に勝れたりと思ふ故に、教主釈尊をば次さまにし給ふ。一切の真言師は大日経は諸経に勝れたりと思ふ故に、此経に詮とする大日如来を我等が有縁の仏と思ひ、念仏者等は観経等を信ずる故に阿弥陀仏を娑婆有縁の仏と思ふ。
当世はことに善導法然等が邪義を正義と思て浄土の三部経を指南とする故に、十造る寺は八九は阿弥陀仏を本尊とす。在家出家一家十家百家千家にいたるまで持仏堂の仏は阿弥陀也。其外木画の像一家に千仏万仏まします。大旨阿弥陀仏也。
而るに当世の智者とおぼしき人々、是を見てわざはひとは思はずして我意に相叶ふ故に只称美讃歎の心のみあり。只、一向悪人にして因果の道理をも弁へず、一仏をも不持者は還て失なきへんもありぬべし。
我等が父母世尊は主師親三徳を備て、一切の仏に擯出せられたる我等を、唯我一人能為救護とはげませ給ふ。其恩大海よりも深し、其恩大地よりも厚し、其恩虚空よりも広し。二の眼をぬいて仏前に空の星の数備ふとも、身の皮を剥で百千万天井にはるとも、
涙を閼伽の水として千万億劫仏前に花を備ふとも、身の肉血を無量劫仏前に山の如く積み、大海の如く湛ふとも、此仏の一分の御恩を報し尽しがたし。而るを当世の僻見の学者等、設ひ八万法蔵を極め、十二部経を諳じ、大小の戒品を堅く持ち給ふ智者なりとも、此道理に背かば悪道を免るべからずと思食べし。
例せば善無畏三蔵は真言宗の元祖、烏萇奈国の大王仏種王の太子也。教主釈尊は十九にして出家し給き。此三蔵は十三にして捨位、月氏七十箇国九万里を歩回て諸経諸論諸宗を習伝へ、北天竺金粟王の塔の下にして天に仰ぎ祈請を致し給るに、虚空の中に大日如来を中央として胎蔵界の曼荼羅顕れさせ給ふ。
慈悲の余り、此正法を辺土に弘んと思食て漢土に入給ひ、玄宗皇帝に奉授秘法、旱魃の時雨の祈をし給しかば、三日が内に天より雨ふりしなり。此三蔵は一千二百余尊の種子尊形三摩耶一事もくもりなし。当世の東寺等の一切の真言宗一人も此御弟子に非るはなし。
而るに此三蔵一時に頓死ありき。数多の獄卒来て鉄縄七すぢ懸たてまつり、閻魔王宮に至る。此事第一の不審也。いかなる罪あて(有)此責に値給ひけるやらん。今生は十悪は有もやすらん、五逆罪は造らず。過去を尋ぬれば、大国の王となり給ふ事を勘るに、十善戒を堅く持ち五百の仏陀に仕へ給ふ也。何の罪かあらん。
其上、十三にして捨位出家し給き。閻浮第一の菩提心なるべし。過去現在の軽重の罪も滅すらん。其上、月氏に所流布経論諸宗を習極給也。何の罪か消ざらん。又真言密教は他に異なる法なるべし。一印一真言なれども手に結び、口に誦すれば、三世の重罪も滅せずと云ことなし。
無量倶低劫の間所作衆の罪障も、此曼荼羅を見れば一時に皆消滅すとこそ申候へ。況や此三蔵は千二百余尊の印真言を諳に浮べ、即身成仏の観道鏡に懸り、両部潅頂の御時大日覚王となり給き。如何にして閻魔の責に預り給けるやらん。
日蓮は顕密二道の中に勝させ給て、我等易易と生死を離るべき教に入んと思候て、真言の秘教をあらあら習ひ、此事を尋ね勘るに、一人として答をする人なし。此人悪道を免れずば、当世の一切の真言並に一印一真言の道俗、三悪道の罪を免るべきや。
日蓮此事を委く勘るに、二の失有て閻魔王の責に預り給へり。一には、大日経は法華経に劣るのみに非ず、涅槃経・華厳経・般若経等にも及ばざる経にて候を、法華経に勝れたりとする謗法の失也。二には、大日如来は釈尊の分身也。而るを大日如来は教主釈尊に勝れたりと思ひし僻見也。
此謗法の罪は無量劫の間、千二百余尊の法を行ずとも悪道を免るべからず。此三蔵此失離免故に、諸尊の印真言を作ども叶はざりしかば、法華経第二譬喩品の今此三界皆是我有其中衆生悉是吾子而今此処多諸患難唯我一人能為救護の文を唱へて、鉄の縄を免れさせ給き。
而るに善無畏已後の真言師等は、大日経は一切経に勝るゝのみに非ず、法華経に超過せり。或は法華経は華厳経にも劣るなんど申人もあり。此等は人は異なれども其謗法の罪は同き歟。
又、善無畏三蔵法華経と大日経と大事とすべしと深理をば同ぜさせ給しかども、印と真言とは法華経は大日経に劣りけるとおぼせし僻見計也。其已後の真言師等は大事の理をも法華経は劣りと思へり。印真言は又不及申。謗法の罪遥にかさみたり。閻魔の責にて堕獄の苦を延べしとも見へず、直に阿鼻の炎をや招くらん。
大日経には本一念三千の深理なし。此理は法華経に限べし。善無畏三蔵、天台大師の法華経の深理を読出させ給しを盗み取て大日経に入れ、法華経の荘厳として説れて候大日経の印真言を彼経の得分と思へり。理も同と申は僻見也。真言印契を得分と思ふも邪見也。
譬ば人の下人の六根は主の物なるべし、而るを我財と思ふ故に多くの失出来る。此譬を以て可解諸経。劣る経に説く法門は勝たる経の得分と成べきなり。
而るを日蓮は安房国東條郷清澄山の住人也。幼少の時より虚空蔵菩薩に願を立て云く、日本第一の智者となし給へと[云云]。虚空蔵菩薩眼前に高僧とならせ給て明星の如くなる智慧の宝珠を授させ給き。其しるしにや、日本国の八宗並に禅宗念仏宗等の大綱粗伺ひ侍りぬ。
殊には建長五年の比より今文永七年に至るまで、此十六七年の間、禅宗と念仏宗とを難ずる故に、禅宗念仏宗の学者蜂の如く起り、雲の如く集る。是をつむ(詰)る事一言二言には過ず。結句は天台真言等の学者、自宗の廃立を習ひ失て我心と他宗に同じ、在家の信をなせる事なれば、彼邪見の宗を扶んが為に天台真言は念仏宗禅宗に等しと料簡しなして日蓮を破するなり。
此は日蓮を破する様なれども、我と天台真言等を失ふ者なるべし。能々恥べき事也。此諸経・諸論・諸宗の失を弁る事は虚空蔵菩薩の御利生、本師道善御房の御恩なるべし。
亀魚すら恩を報ずる事あり、何況人倫をや。此恩を報ぜんが為に清澄山に於て仏法を弘め、道善御房を導き奉んと欲す。而るに此人愚癡におはする上念仏者也。三悪道を免るべしとも見えず。而も又日蓮が教訓を用ふべき人にあらず。
然れども、文永元年十一月十四日西條華房の僧坊にして見参に入し時、彼人云、我智慧なければ請用の望もなし、年老ていらへ(綵)なければ念仏の名僧をも不立、世間に弘まる事なれば唯南無阿弥陀仏と申計也。又、我心より起らざれども事の縁有て、阿弥陀仏を五体まで作り奉る。是又過去の宿習なるべし。此料に依て地獄に堕べきや等[云云]。
爾時に日蓮意に念はく、別して中違ひまいらする事無れども、東條左衛門入道蓮智が事に依て此十余年の間は見奉らず。但し中不和なるが如し。穏便の義を存じおだやかに申事こそ礼義なれと思しかども、生死界の習ひ、老少不定也。又二度見参の事難かるべし。
此人の兄道義房義尚此人に向て無間地獄に堕べき人と申て有しが、臨終思様にもましまさざりけるやらん。此人も又しかるべしと哀れに思し故に、思切て強々に申たりき。阿弥陀仏を五体作り給へるは五度無間地獄に堕給ふべし。
其故は正直捨方便の法華経に、釈迦如来は我等が親父阿弥陀仏は伯父と説せ給ふ。我伯父をば五体まで作り供養させ給て、親父をば一体も造り給はざりけるは、豈不孝の人に非ずや。中々山人海人なんどが、東西をしらず一善をも修せざる者は、還て罪浅き者なるべし。
当世道心者が後世を願ふとも、法華経釈迦仏をば打捨て、阿弥陀仏念仏なんどを念々に不捨申はいかがあるべかるらん。打見る処は善人とは見えたれども、親を捨てゝ他人につく失免るべしとは見えず。一向悪人はいまだ仏法に帰せず、釈迦仏を捨奉る失も不見、有縁信ずる辺もや有んずらん。
善導法然並に当世の学者等が邪義に就て、阿弥陀仏を本尊として一向に念仏を申人々は、多生曠劫をふるとも、此邪見を翻へして釈迦仏法華経に帰すべしとは見えず。
されば双林最後の涅槃経に、十悪五逆よりも過てをそろしき者を出させ給ふに、謗法闡提と申て二百五十戒を持ち、三衣一鉢を身に纏へる智者共の中にこそ有べしと見え侍れと、こまごまと申て候しかば、此人もこゝろえずげに思ておはしき。
傍座の人々もこゝろえずげにをもはれしかども、其後承りしに、法華経を持たるゝの由承りしかば、此人邪見を翻し給ふ歟、善人に成給ぬと悦び思ひ候処に、又此釈迦仏を造らせ給事申計なし。当座には強なる様に有しかども、法華経の文のまゝに説候しかばかう(斯)おれさせ給へり。
忠言逆耳良薬苦口と申事は是也。今既に日蓮師の恩を報ず。定て仏神納受し給はん歟。各々此由を道善房に申聞せ給ふべし。
仮令強言なれども、人をたすくれば実語・語なるべし。設ひ_語なれども、人を損ずるは妄語・強言也。当世学匠等の法門は、語・実語と人々は思食したれども皆強言・妄語也。仏の本意たる法華経に背く故なるべし。
日蓮が念仏申者は無間地獄に堕べし、禅宗真言宗も又謬の宗也なんど申候は、強言とは思食すとも実語_語なるべし。例せば此道善御房法華経を迎へ、釈迦仏を造せ給事は日蓮が強言より起る。日本国の一切衆生も亦復如是。
当世此十余年已前は一向念仏者にて候しが、十人が一二人は一向に南無妙法蓮華経と唱へ、二三人は両方になり、又一向念仏申す人も疑をなす故に心中に法華経を信じ、又釈迦仏を書き造り奉る。是亦日蓮が強言より起る。譬ば栴檀は伊蘭より生じ、蓮華は泥より出たり。
而るに念仏は無間地獄に堕ると申せば、当世、牛馬の如くなる智者どもが日蓮が法門を仮染にも毀るは、糞犬が師子王をほへ、癡猿が帝釈を笑ふに似たり。  文永七年  日蓮[花押]  義浄房浄顕房