法門可被申様之事
70 法門可被申様之事
法門申さるべきやう。選択をばうちをきて、先法華経の第二の巻の今此三界の文を開て、釈尊は我等が親父也等定了るべし。何の仏か我等が父母にてはをはします。外典三千余巻にも忠孝の二字こそせん(詮)にて候なれ。忠は又孝の家より出とこそ申候なれ。
されば外典は内典の初門。此心は内典にたがわず候か。人に尊卑上下はありというとも、親を孝するにはすぎずと定られたるか。釈尊は我等が父母なり。一代の聖教は父母の子を教たる教経なるべし。
其中に天上・龍宮・天竺なんどには無量無辺の御経ましますなれども、漢土日本にはわづかに五千七千余巻なり。此等経々の次第勝劣等は私には辦がたう候。
而に論師・大師・先徳には末代の人の智慧こへがたければ、彼の人々の料簡を用べきかのところに、華厳宗の五教四教法相三論の三時二蔵或は三転法輪。世尊法久後要当説真実の文は又法華経より出てゝ金口の明説なり。
仏説すでに大に分て二途なり。譬へば世間の父母の譲の前判後判のごとし。はた又、世間の前判後判は如来の金言をまなびたるか。孝不孝の根本は前判後判の用不用より事をこれり、かう立申ならば人々さもやとをぼしめしたらん時申べし。
抑浄土の三部経等の諸宗の依経は当分四十余年の内なり。世尊は我等が慈父として未顕真実ぞと定させ給御心は、かの四十余年の経々に付とをぼしめしゝか、又説真実の言にうつれとをぼしめしゝか。
心あらん人々御賢察候べきかとしばらくあぢわひ(味)て、よも仏程の親父の一切衆生を一子とをぼしめすが、真実なる事をすてゝ未顕真実の不実なる事に付とはをぼしめさじ。
さて法華経にうつり候はんは四十余年の経々をすてゝ遷候べきか、はた又かの経々並に南無阿弥陀仏等をばすてずして遷候べきかとをぼしきところに、凡夫の私の計、是非につけてをそれあるべし。
仏と申親父の仰を仰べしとまつところに、仏定て云、正直捨方便等[云云]。方便と申は無量義経に未顕真実と申上に以方便力と申す方便なり。以方便力の方便の内に浄土三部経等の四十余年の一切経は一字一点も漏べからざるか。されば四十余年の経々を捨てゝ法華経に入らざらん人々は世間の孝不孝はしらず、仏法の中には第一の不孝の者なるべし。
故第二譬喩品云今此三界乃至雖復教詔而不信受等[云云]。四十余年の経々をすてずして法華経に並て行ぜん人々は主師親の三人のをほせを用ざる人々なり。
教と申は師親のをしえ、詔と申は主上の詔敕なるべし。仏は閻浮第一の賢王・聖師・賢父なり。されば四十余年の経々につきて法華経へうつらず、又うつれる人々も彼経々をすてゝうつらざるは、三徳備たる親父の仰を用ざる人、天地の中にすむべき者にはあらず。
この不孝の人の住処を経の次下に定云若人不信乃至其人命終入阿鼻獄等[云云]。設法華経をそしらずとも、うつり付ざらむ人々不孝の失疑なかるべし。不孝の者は又悪道疑なし。故仏は入阿鼻獄と定給ぬ。何況爾前の経々に執心を固なして法華経へ遷ざるのみならず、善導が千中無一、法然が捨閉閣抛とかけるはあに阿鼻地獄を脱るべしや。其所化並に檀那は又申に及ばず。
雖復教詔而不信受と申は孝に二あり。世間の孝の孝不孝は外典の人々これをしりぬべし。内典の孝不孝は設論師等なりとも実教を辦ざる権教の論師の流を受たる末論師なんどは後生しりがたき事なるべし。何況末々の人々をや。
涅槃経の三十四云、人身を受けん事は爪上の土、三悪道に堕ちん事は十方世界の土。四重五逆乃至涅槃経を謗ずる事は十方世界の土、四重五逆乃至涅槃経を信ずる事は爪の上の土なんどゝとかれて候。末代には五逆の者と謗法の者は十方世界の土のごとしとみへぬ。
されども当時五逆罪つくる者は爪の上の土、作ざる者は十方世界の土程候へば、経文そらごとなるやうにみへ候を、くはしくかんがへみ候へば、不孝の者を五逆罪の者とは申候か。又相似の五逆と申事も候。
さるならば前王の正法実法を弘させ給と候を、今の王の権法相似の法を尊て天子本命の道場たる正法の御寺の御帰依うすくして、権法邪法の寺の国々に多くいできたれるは、愚者の眼には仏法繁盛とみへて、仏天智者の御眼には古き正法の寺々やうやくうせ候へば、一には不孝なるべし、賢なる父母の氏寺をすつるゆへ、
二には謗法なるべし。若しからば日本国当世は国一同に不孝謗法の国なるべし。此国は釈迦如来の御所領。仏の左右臣下たる大梵天王第六天の魔王にたはせ給て、大海の死骸をとどめざるがごとく、宝山の曲林をいとうがごとく、此国の謗法をかへんとをぼすかと勘申なりと申。
この上捨てられて候四十余年の経々の今に候いかになんど、俗難せば返吉(詰)して申べし。塔くむあししろ(足代)は塔くみあげては切すつるなりなんど申べし。此譬へは玄義の第二の文に今大教若起方便教絶と申釈の心なり。
妙と申は絶という事、絶と申事は此経起ば已前の経々を断止と申事なるべし。正直捨方便の捨の文字の心、又嘉祥日出ぬるは星かくるの心なるべし。但爾前の経々は塔のあししろなれば切すつるとも、又塔をすり(修理)せん時は用べし。又切すつべし、三世の諸仏の説法の儀式かくのごとし。
又俗難云、慈覚大師の常行堂等の難これをば答べし。内典の人外典をよむ、得道のためにはあらず、才学のためか。山寺の小児の倶舎の頌をよむ、得道のためか。伝教・慈覚は八宗を極給へり。一切経をよみ給。これみな法華経を詮と心へ給はん梯磴なるべし。
又俗難云、何にさらば御房は念仏をば申給ぬ。答云、伝教大師は二百五十戒をすて給。時にあたりて、法華円頓の戒にまぎれしゆへなり。
当世は諸宗の行多けれども、時にあたりて念仏をもてなして法華経を謗ずるゆえに、金石迷やすければ唱候はず。例せば仏十二年が間、常楽我浄の名をいみ給き。外典にも寒食のまつりに火をいみ、あかき物をいむ。不孝国と申国をば孝養の人はとを(通)らず。此等の義なるべし。
いくたびも撰択をばいろはずして先かうたつ(立)べし。又御持仏堂にて法門申たりしが面目なんどかゝれて候事、かへすかへす不思議にをぼへ候。そのゆへは僧となりぬ。其上、一閻浮提にありがたき法門なるべし。設等覚の菩薩なりともなにとかをもうべき。
まして梵天帝釈等は我等が親父釈迦如来の御所領をあづかりて、正法の僧をやしなうべき者につけられて候。毘沙門等は四天下の主、此等が門まほり。又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし。
其上、日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず、但嶋の長なるべし。長なんどにつかへん者どもに召されたり、上なんどかく上、面目なんど申は、かたかたせんとするところ日蓮をいやしみてかけるか。
総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるう。せう房がごとし。わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうる(替)でう物くるわし。定てことばつき音なんども京なめりになりたるらん。
ねずみがかわほり(蝙蝠)になりたるやうに、鳥にもあらず、ねずみにもあらず、田舎法師にもあらず京法師にもにず、せう房がやうになりぬとをぼゆ。言をば但いなかことばにてあるべし。なかなかあしきやうにて有なり。尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名か、かたかた不思議なるべし。
かつしられて候やうに当世の高僧真言天台等の人々の御いのりは叶まじきよし前々に申候上、今年鎌倉の真言師等は去年より変成男子の法をこなわる。隆辦なんどは自歎する事かぎりなし。七人・百余人の真言師、東寺・天台の大法・秘法尽して行ぜしがついにむなしくなりぬ。
禅宗・律僧等又一同に行しかどもかなはず。日蓮が叶まじと申とて不思議なりなんどをどし候しかども皆むなしくなりぬ。小事たる今生の御いのりの叶ぬを用てしるべし。大事たる後生叶べしや。
真言宗の漢土弘始は、天台の一念三千を盗取て真言の教相と定て理の本とし、枝葉たる印真言を宗と立、宗として天台宗を立下す條謗法の根源たるか。
又華厳・法相・三論も天台宗日本になかりし時は謗法ともしられざりしが伝教大師円宗を勘いだし給て後、謗法の宗ともしられたりしなり。当世真言等の七宗の者しかしながら謗法なれば大事の御いのり叶べしともをほへず。
天台宗の人々は我宗は正なれども邪なる他宗と同ずれば我宗の正をもしらぬ者なるべし。譬へば東に迷者対当の西に迷、東西に迷ゆへに十方に迷なるべし。外道の法と申は本内道より出て候。而ども外道の法をもて内道の敵となるなり。
諸宗は法華経よりいで、天台宗を才学として而も天台宗を失なるべし。天台宗の人々は我宗は実義とも知ざるゆへに、我宗のほろび、我身のかろくなるをばしらずして、他宗を助て我宗を失なるべし。
法華宗の人が法華経の題目南無妙法蓮華経とはとなえずして、南無阿弥陀仏と常に唱ば、法華経を失者なるべし。例せば外道は三宝を立、其中に仏宝と申は南無摩醯修羅天と唱しかば、仏弟子は翻邪の三帰と申て南無釈迦牟尼仏と申せしなり。此をもつて内外のしるしとす。
南無阿弥陀仏とは浄土宗の依経の題目なり。心には法華経の行者と存とも南無阿弥陀仏と申ば傍輩は念仏者としりぬ。法華経をすてたる人とをもうべし。叡山の三千人は此旨を辦ずして王法にもすてられ叡山をもほろぼさんとするゆへに、自然に三宝に申事叶ず等と申給べし。
人不審云、天台妙楽伝教等の御釈に我やうに法華経並に一切経を心えざらん者は悪道に堕べしと申釈やあると申ば、玄三・籤三及已今当等をいだし給べし。伝教大師、六宗学者・日本国の十四人を呵云顕戒論下云昔聞斉朝之光統今見本朝之六統実哉法華何況也等[云云]。
華厳・真言・法相・三論四宗を呵云依憑集云新来真言家則泯筆受之相承旧到華厳家則隠影響之軌模。沈空三論宗者忘弾呵之屈恥覆称心之酔著有法相宗非僕陽之帰依撥青龍之判経等[云云]。
天台妙楽伝教等は真言等の七宗の人々は設戒定はまたく(全)とも、謗法のゆへに悪道脱べからずと定られたり。何況禅宗浄土宗等は勿論なるべし。されば止観は偏に達磨をこそは(破)して候めれ。而当世の天台宗の人々は諸宗に得道をゆるすのみならず、諸宗の行をうばい取て我行とする事いかん。
当世の人々ことに真言宗を不審せんか。立申べきやう。日本国に八宗あり。真言宗大に分て二流あり。所謂東寺天台なるべし。法相・三論・華厳・東寺の真言等は大乗宗、設定慧は大乗なれども東大寺の小乗戒を持ゆへに戒は小乗なるべし。退大取小の者小乗宗なるべし。
叡山の真言宗は天台円頓の戒をうく、全真言宗の戒なし。されば天台宗の円頓戒にをちたる真言宗なり等申べし。而座主等の高僧名を天台宗にかりて一向真言宗によて法華宗をさぐる(下)ゆへに、叡山皆謗法になりて御いのりにしるしなきか。
問云天台法華宗に対当して真言宗の名をけづらるゝ証文如何。答云。学生式云[伝教大師作也]。天台法華宗年分学生式[一首]。年分度者人[柏原先帝被加天台法華宗伝法者]。凡法華宗天台年分自弘仁九年○令住叡山一十二年不出山門修学両業。凡止観業者○凡遮那業者等[云云]。
顕戒論縁起上云請加新法華宗表一首。沙門最澄○華厳宗二人天台法華宗二人等[云云]。又云天台業二人[一人令読大毘盧遮那経一人令読摩訶止観]。此等は天台宗の内に真言宗をば入て候こそ候めれ。
嘉祥元年六月十五日格云右入唐廻請益。伝燈法師位円仁表偁伏尋天台宗伝本朝者○延暦廿四年○廿五年○特賜天台年分度者二人。一人習真言業一人学止観業○然則天台宗止観真言両業者是桓武天皇之所崇建矣等[云云]。
叡山にをいては天台宗にたいしては真言宗の名をけづり、天台宗を骨とし真言をば肉となせるか。而に末代に及て天台真言両宗中あしうなりて骨と肉と分、座主は一向に真言となる。
骨なき者ごとし。大衆は多分天台宗なり、肉なきものゝごとし。仏法に諍あるゆへに世間の相論も出来して叡山静ならず、朝下にわづらい多。此等大事を内々は存べし。此法門はいまだをしえざりき。よくよく存知すべし。
又念仏宗は法華経を背て浄土の三部経につくゆへに、阿弥陀仏を正として釈迦仏をあなづる。真言師、大日をせん(詮)とをもうゆへに釈迦如来をあなづる。戒にをいては大小殊なれども釈尊を本とす。余仏は証明なるべし。
諸宗殊なりとも釈迦を仰べきか。師子の中の虫師子をくらう。仏教をば外道はやぶりがたし。内道の内に事いできたりて仏道を失べし。仏の遺言なり。仏道の内には小乗をもて大乗を失、権大乗もて実大乗を失べし。此等は又外道のごとし。
又小乗権大乗よりは実大乗法華経の人々がかへりて法華経をば失わんが大事にて候べし。仏法の滅不滅は叡山にあるべし。叡山の仏法滅せるかのゆえに異国我朝をほろぼさんとす。
叡山の正法の失るゆえに、大天魔日本国に出来して、法然大日等が身に入、此等が身を橋として王臣等の御身にうつり住、かへりて叡山三千人に入ゆえに、師檀中不和にして御祈祷しるしなし。御祈請しるしなければ三千の大衆等檀那にすてはてられぬ。
又王臣等向天台真言学者問云、念仏・禅宗等の極理は天台・真言とは一かととわせ給へば、名は天台・真言にかりて其心も辦ぬ高僧天魔にぬかれて答云、禅宗の極理は天台真言極理なり、弥陀念仏は法華経の肝心なり、なんど答申なり。
而を念仏者禅宗等のやつばらには天魔乗うつりて、当世の天台真言の僧よりも智慧かしこきゆえに、全しからず禅ははるかに天台真言に超たる極理なり。
或云、諸教は理深、我等衆生解微なり、機教相違せり、得道あるべからず、なんど申すゆへに、天台真言等の学者、王臣等檀那皆奪とられて御帰依なければ、現身に餓鬼道に堕て友の肉をはみ、仏神にいかりをなし、檀那をすそ(呪咀)し、年々に災を起し、或我生身の本尊たる大講堂教主釈尊をやきはらい、或は生身の弥勒菩薩をほろぼす。
進では教主釈尊の怨敵となり、退は当来弥勒の出世を過とくるい候か。この大罪は経論にいまだとかれず。
又此大罪は叡山三千人の失にあらず。公家武家の失となるべし。日本一州上下万人一人もなく謗法なれば、大梵天王・帝桓並天照大神等隣国の聖人に仰つけられて謗法をためさんとせらるゝか。
例せば国民たりし清盛入道王法をかたぶけたてまつり、結句は山王大仏殿をやきはらいしかば、天照大神・正八幡・山王等よりき(与力)せさせ給て、源頼義が末頼朝仰下て平家をほろぼされて国土安穏なりき。今一国挙て仏神の敵となれり。
我国に此国を領べき人なきかのゆへに大蒙古国は起とみへたり。例せば震旦・高麗等は天竺についでは仏国なるべし。彼国々禅宗・念仏宗になりて蒙古にほろぼされぬ。日本国は彼二国の弟子なり。二国のほろぼされんに、あに此国安穏なるべしや。
国をたすけ家ををもはん人々は、いそぎ禅念の輩を経文のごとくいましめらるべきか。経文のごとくならば仏神日本国にましまさず。かれを請まいらせんと術はおぼろげならでは叶がたし。
先世間の上下万人云、八幡大菩薩は正直の頂にやどり給、別のすみかなし等[云云]。世間に正直の人なければ大菩薩のすみかましまさず。又仏法の中に法華経計こそ正直の御経にてはをはしませ。法華経の行者なければ大菩薩の御すみかをはせざるか。
但日本国には日蓮一人計こそ世間・出世正直の者にては候へ。其故は故最明寺入道に向て、禅宗は天魔のそい(所為)なるべし。のちに勘文もてこれをつげしらしむ。日本国の皆人無間地獄に堕べし。これほど有事を正直に申ものは先代にもありがたくこそ。これをもつて推察あるべし。
それより外の小事曲べしや。又聖人は言をかざらずと申。又いまだ顕ざる後をしるを聖人と申か。日蓮聖人の一分にあたれり。此法門のゆへに二十余所をわれ、結句流罪に及、身に多のきずをかをほり、弟子をあまた殺せたり。
比干にもこえ、伍しそ(子胥)にもをとらず。提婆菩薩の外道殺、師子尊者の壇弥利王に頸をはねられしにもをとるべきか。もししからば八幡大菩薩は日蓮が頂をはなれさせ給てはいづれの人の頂にかすみ給はん。日蓮を此国に用ずばいかんがすべき、となげかれ候なりと申。
又日蓮房の申候。仏菩薩並諸大善神をかへしまいらせん事は別の術なし。禅宗・念仏宗の寺々を一もなく失、其僧らをいましめ、叡山の講堂を造、霊山の釈迦牟尼仏の御魂を請入たてまつらざらん外は諸神もかへり給べからず、諸仏も此国を扶給はん事はかたしと申。