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曽谷殿御返事成仏用心鈔

第二巻 定本番号 20226 建治2(1276) 分類: その他

祖寿: 55 著作地: 身延 

    226   曽谷殿御返事
夫法華経第一方便品云諸仏智慧甚深無量[云云]。釈云境淵無辺故云甚深智水難測故云無量。抑此経釈の心は仏になる道は豈境智の二法にあらずや。されば境と云は万法の体を云、智と云は自体顕照の姿を云也。而るに境の淵ほとりなくふかき時は、智慧の水ながるゝ事つゝがなし。此境智合しぬれば即身成仏する也。法華以前の経は、境智各別にして、而も権教方便なるが故に成仏せず。今法華経にして境智一如なる間、開示悟入の四仏知見をさとりて成仏する也。此内証に声聞辟支仏更に及ばざるところを、次下に一切声聞辟支仏所不能知と説かるゝ也。此境智の二法は何物ぞ。但南無妙法蓮華経の五字也。此五字を地涌の大士を召出して結要付属せしめ給。是を本化付属の法門とは云也。
然るに上行菩薩等末法の始の五百年に出生して、此境智の二法たる五字を弘めさせ給べしと見えたり。経文赫々たり、明々たり。誰か是を論ぜん。日蓮は其人にも非ず、又御使にもあらざれども、先序分にあらあら弘候也。既に上行菩薩釈迦如来より妙法の智水を受て、末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給。是智慧の義也。釈尊より上行菩薩へ譲与へ給。然るに日蓮又日本国にして此法門を弘。又是には別の二義あり。別の二義少も相そむけば成仏思もよらず。輪廻生死のもといたらん。例せば大通仏の第十六の釈迦如来に下種せし今日の声聞は、全弥陀・薬師に遇て成仏せず。譬ば大海の水を家内へくみ(汲)来らんには家内の者皆縁をふるべき也。然ども汲来るところの大海の一滴を閣て、又他方の大海の水を求ん事は大僻案也、大愚痴也。法華経の大海の智慧の水を受たる根源の師を忘れて、余へ心をうつさば必輪廻生死のわざはいなるべし。
但師なりとも誤ある者をば捨べし。又捨ざる義も有べし。世間仏法の道理によるべき也。末世の僧等は仏法の道理をばしらずして、我慢に著して、師をいやしみ、檀那をへつらふなり。但正直にして少欲知足たらん僧こそ、真実の僧なるべけれ。文句一云既未発真慙第一義天愧諸聖人。即是有羞僧。観慧若発即真実僧[云云]。涅槃経云若善比丘見壊法者置不呵責駆遣挙処当知是人仏法中怨。若能駆遣呵責挙処是我弟子真声聞也[云云]。此文の中に見壊法者の見と、置不呵責の置とを、能々心腑に可染也。
法華経の敵を見ながら置てせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑なかるべし。南岳大師云与諸悪人倶堕地獄[云云]。謗法を責ずして成仏を願はば、火の中に水を求め、水の中に火を尋るが如なるべし。はかなしはかなし。何に法華経を信じ給とも、謗法あらば必地獄にをつべし。うるし(漆)千ばいに蟹の足一つ入たらんが如し。毒気深入失本心故は是也。経云在在諸仏土常与師倶生。又云若親近法師速得菩薩道随順是師学得見恒沙仏。釈云本従此仏初発道心亦従此仏住不退地。又云初従此仏菩薩結縁還於此仏菩薩成就[云云]。返々も本従たがへずして成仏せしめ給べし。
釈尊は一切衆生の本従の師にて、而も主親の徳を備へ給。此法門を日蓮申故に、忠言耳に逆道理なるが故に、流罪せられ命にも及しなり。然どもいまだこりず候。法華経は種の如、仏はうへての如、衆生は田の如なり。若此等の義をたがへさせ給はば日蓮も後生は助申まじく候。恐恐謹言。  建治二年[丙子]八月三日   日蓮  [花押]  曽谷殿