妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

新編 日蓮宗年表 12901299

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西暦和暦(北朝)和暦(南朝)干支改元日蓮聖人大閏月月日記録
1290正応3年庚寅聖誕69 祖滅91・3・6・8・9・10・123・8下総松崎顕実寺開山大覚樹院日魏寂79(顕過)
正応3年庚寅4・2日像、妙経を写し畢る(奥書・龍譜)
正応3年庚寅8・25西大寺叡尊寂(帝編・東僧伝・興正伝)
正応3年庚寅10・12日興、大石寺を富士上野に創す(石記)
1291正応4年辛卯聖誕70 祖滅101・5・7・9・10・113・日頂、申状を書す(奥書・上聖)
正応4年辛卯4・5甲斐遠光寺開山日宗寂(別統)
正応4年辛卯5・1曽谷法蓮寂(賀過・法過・別統)、骸を大野に葬る、今の礼林寺これなり(安国寺過去帳)
正応4年辛卯9・日朗、両山の職を日輪に譲る、日輪時に21歳(別統)
1292正応5年壬辰聖誕71 祖滅111・3・6・⑥・7・9・11・1210・26この日より百日間、日像京都弘通修練の為、鎌倉比企谷に於て苦修練行す(龍譜)
正応5年壬辰12・南禅寺普門寂(実躬記・建記)
正応5年壬辰日像、秘蔵集3巻を著す(龍譜)
1293正応6・永仁1年癸巳8・5聖誕72 祖滅121・3・5・9・10・122・13日像、妙経書写畢る(龍譜)
正応6・永仁1年癸巳2・15中興入道の室、法号妙経日住卒58(河経過)
正応6・永仁1年癸巳2・中旬、日像、池上の御影に詣で、次に平賀の母に別れ、小湊・清澄・小松原・龍口・伊東・身延・佐渡の霊跡を巡拝、加能越若狭を経て京都に向う(龍譜)
正応6・永仁1年癸巳3・波木井実氏、母の為に常陸加倉井に妙徳寺を建つ(加倉井砂山著同寺伝・墓銘・攷異)
正応6・永仁1年癸巳4・13鎌倉大地震、人多く死す(皇紀・実躬記・醍記・建記)
正応6・永仁1年癸巳4・平頼綱及び次子資宗父子謀反して誅せられ、長子宗綱佐渡に流さる(皇紀・攷異・興帳・実躬記・醍記・保記)
正応6・永仁1年癸巳5・16日辨、申状を書す(申状・上聖)
正応6・永仁1年癸巳7・12内房本成寺2世東林坊日報寂49(過帳)
正応6・永仁1年癸巳9・13池上宗仲卒(別統)
正応6・永仁1年癸巳10・11野呂妙興寺祖日合寂(永禄年間建立日隆碑文・別統)
正応6・永仁1年癸巳保田日鄕、越後に生る(我記)
1294永仁2年甲午聖誕73 祖滅131・2・4・7・9・111・16千葉大隅守宗胤卒30(千系)
永仁2年甲午4・14日像入洛、五条堀河材木上に四箇格言を唱う、柳酒屋の祖法実、六条坊門室町の志(サカン・公方の大工)等先ず信者となる(日住状・史伝)
永仁2年甲午10・門人等、宗祖13回忌を延山等に修す(別統)
永仁2年甲午日像上洛の途次、能登滝谷の修験僧満蔵法印を化し、改宗して日乘の号を授け、その俗弟石動八幡社僧妙文僧都もまた改宗して日像に随伴し、越前今宿村に疫病を祈りて効あり、一村改宗す、妙文のち脇本に伝道して妙泰寺を開く(各寺記録・別統)
永仁2年甲午日印、比企谷に来て改宗す、時に31歳(別統)
1295永仁3年乙未聖誕74 祖滅141・2・②・3・5・9・111・1日持、海外弘通の途に上る(別統・貞松略譜)
永仁3年乙未3・8日進、京都東山祇園百度大路角堂に於て玄義見聞集を書し始む、時に25歳(巻首、身延山蔵)
永仁3年乙未4・15日目、富士上野郷にて御真蹟一代大意を写す、時に36歳(奥書)
永仁3年乙未4・日昭、守本尊を日像に与う(玉書)
永仁3年乙未6・15高橋兵衛六郎入道卒、法号妙常(興帳・常写)
1296永仁4年丙申聖誕75 祖滅151・3・4・6・8・10・122・本間重連卒(別統)、墓は相模依智妙純寺にあり
永仁4年丙申3・久明親王、鎌倉本国寺に詣ず(圀譜)
永仁4年丙申7・24仙台孝勝寺の祖日門寂(歴譜・別統)、一説嘉暦3年12月20日
永仁4年丙申9・3日向の父実信逝く(碑文・蓮跡)
1297永仁5年丁酉聖誕76 祖滅162・4・6・7・9・⑩・11・123・17天目、右衛門大夫に対して門徒一所に会同して宗祖の御書を治定せんことを提案せしも、老僧諸師これを用いず(円実抄・上聖)
永仁5年丁酉5・要法寺祖大夫公日尊、如説修行抄を写す(奥書)
永仁5年丁酉6・14日常、本尊を認む(萩法華寺蔵)
永仁5年丁酉7・常在院日朝発願の本覚山妙光寺の諸堂を下総香取郡千田ノ庄島村に建つ(縁起)
永仁5年丁酉9・25南部実長日圓寂76(延鏡・別統・宗学章疏目録)
永仁5年丁酉12・3富木日常、書を某に与う(真間書)
永仁5年丁酉大覺妙實生る(顕略)
1298永仁6年戊戌聖誕77 祖滅172・5・6・8・9・112・15日興、石川能忠・南条時光及び小泉上野等の信者の外護を得て、富士山南麓重須村に御影堂を建立す(棟札・興集)
永仁6年戊戌4・12妙円日義寂(別統)
永仁6年戊戌4・日印、越後本成寺に一尊四士を造立、施主淨妙比丘尼(造立記・上聖)
永仁6年戊戌日興、本尊分与目録を記す(巻首)
1299永仁7・正安1年己亥4・25聖誕78 祖滅181・4・6・8・9・11・123・4日常、置文を制し本尊聖教事を録す(奥書)、日高中山に住す(別統)
永仁7・正安1年己亥3・20富木日常寂84(中書)
永仁7・正安1年己亥8・9下野国佐野城主徳永光重卒、法号堯蓮(身延西谷墓銘)、日法の父か
永仁7・正安1年己亥8・22妙了日佛尼寂(別統)
永仁7・正安1年己亥秋、日興弟子日尊を重須談所より追う(要祖・家抄)
永仁7・正安1年己亥日常、日頂を義絶す(真間山血脈)